現代パロディです。苦手な方は回避を。






午前10時。少し遅めの簡単な朝食を摂る。お気に入りのティーカップには、甘い紅茶がほんのり湯気をたてている。今日の予定はなんだっけ。窓から入り込む陽射しが心地好い。ゆったりと流れる時間に、ぼんやりと思考を委ねる。そんななか、ぴんぽーん、と軽快に鳴ったインターホンに、はっとする。頼んだ届け物なんてあっただろうか。それとも何かの勧誘?色々な考えを巡らせながら慌てて玄関に向かい、すっかりくたびれたスニーカーをひっかけながら扉を開ける。

「はいはーい、って、え」

そんな穏やかな休日に突然やってきた訪問者は、郵便でも勧誘でもなく、大好きな彼でした。

「よぉ、」






「随分、いきなりだったね。なんかあったの?」
「別に。今日の仕事オフになったから」

へえ、と簡単な相槌を返しながら、シンプルなカップへとコーヒーを注ぐ。要点のみを述べるリヴァイらしい簡潔な答え。けれど、仕事の鬼とも謳われるリヴァイが突然休みを取るなんて、なんだか引っ掛かってしまう。そんな気持ちを抱えながら、コーヒーの入ったカップを手渡す。リヴァイはひとくち口をつけ、ひらりと足を組んだ。偉そうな態度はいつもと同じなのだけれど、何かが違う。そんな違和感を持ちながら、隣に腰を下ろした。相変わらず整っているリヴァイの横顔をじっと見つめれば、黙りこくるわたしを不思議に思ったのかリヴァイは不満気に首を傾げた。

「なんださっきから、気持ちわりい」
「…別に、休みなんて珍しいなって思っただけ」

休日返上仕事第一が性格なリヴァイとは、なかなかゆっくりと会うことができない。今日だって、直接会うのは約1か月ぶりだ。電話やメールもするけれど、元々わたしもリヴァイも苦手なため、「いつ会える?」「当分無理」程度で終了となる。時々、わたしは本当に彼と付き合っているのかさえ不安になってくる程に。

「最近、上司が厄介で手が離せない。その上、新人がやたら問題を起こす」
「ふうん、大変だね」
「聞いてんのか」

リヴァイの言い訳を聞き流し、違和感の正体を突き止めようと考える。本人に会うのは久しぶりだけれど、勘違いだとは思えない。うんうんと唸るわたしに、リヴァイはついに手をだした。

「痛、なにすんの」
「人がわざわざ家まで来てやったのに、その態度はねえだろ」
「だからってそんな…、」

がしっと捕まれた頭から、リヴァイの手をどける。そんなに大きくない手のどこに、有り余る力があるのか。たまには文句でも言ってやろうとリヴァイの顔を見据えた瞬間、わたしは違和感の理由を理解し、同時に納得した。なるほどね、と一人で頷けば、リヴァイは不審そうに口を開く。

「ったく、なんだよ」
「リヴァイの嘘つき」
「は?」

わたしの言葉を聞いたリヴァイは、機嫌が悪そうに眉間に皺をよせた。違和感の正体を突き止めたわたしは、自らの目の下を指差す。そんなわたしの行動を見て、リヴァイも何を伝えたいのか理解したのだろう。心底嫌そうに眉間の皺を更に深くする。

「目の下のそれ、くまでしょ」
「…うるせぇ」

リヴァイの目の下は、うっすら黒んでいたのだ。普段からあまり顔色がよろしいとは言えないリヴァイだけれど、常にくまを作るほどではない。きっと、大して鏡も見ないで急いできてくれたのだろう。そんな様子が頭に浮かび、自然に笑みが溢れる。

「今日の朝方くらいまでかな?徹夜してくれたんでしょう?」
「フン、残ってた仕事が少なかっただけだ」

リヴァイはぶっきらぼうにソファーから立ち上がり、空になったカップを持ちながらキッチンへ向かっていった。スタスタと歩いていく後ろ姿は、心做しか大きく見える気がする。わたしの為に、頑張ってくれたのかな。その事実にどうしても顔が緩んでしまう。

「この写真…」

カウンター越しに聞こえた声に、ソファーから立ち上がりキッチンへ向かえば、リヴァイは数枚の写真を眺めていた。まばらに飾ってある写真は、最近家に届いたものだ。無関心なリヴァイにしては珍しく、じいっと写真に見入っている。カウンターに置かれた写真たちを集め、再びソファーに座る。写真を取り上げられたリヴァイは不満そうに顔をしかめたけれど、ばすっとソファーに座りこんだ。角を揃えまとめた写真をリヴァイに渡せば、ぱらぱらと細い指が写真をめくっていく。

「この前お母さんが送ってくれたの」
「アメリカの観光地か」
「すごくいい所なんだって」

数ヶ月前に両親が海外旅行に出掛けた際、撮った写真だった。可愛らしい色合いの観覧車、ターコイズブルーのビーチ、大きなショッピングモール、英字の掲げられたゲート。どれもが異国の雰囲気を生み出している。

「今度、休暇とって旅行でも行くか」

写真を眺めながら、ぽつり。リヴァイの発言に危うくカップを落とすところだった。あの仕事の鬼が休暇をとるなんて。新手の冗談とも思うほど、衝撃的な発言だった。けれど、わたしに向けられたリヴァイの表情は真剣そのもので、気恥ずかしいような気分になってしまう。

「リヴァイは忙しいから、10年後くらいになっちゃうかな」
「チッ、かわいくねぇやつ」

わたしに聞こえるくらい盛大な舌打ちをかましたリヴァイは、ぷいと顔を背けてしまった。そんな様子が可愛くて、愛しい。機嫌を損ねた彼の背中に飛び付き、抱きつく腕に力をこめる。こんなにもすぐそばにリヴァイが居る、それだけでわたしはもう充分幸せ者だと思うんだよ。だから10年後でも何十年後でも、こうやって隣にいさせてください。

「なんだそれ、暑苦しい」
「とか言って、嬉しいくせに」
「うるせぇ」

びしっと弾かれた額がじんじんと痛む。悪態を吐きながらも、リヴァイはわたしを引き剥がさない。照れたようにむくれる姿に、それさえ愛くるしいと思うなんて、わたしも大概おかしいと思うけれど。

10年後の旅行のために、機嫌の悪いリヴァイを連れて買い物にでも出掛けようか。かわいいワンピースに、たまには女の子らしいメイクもして。わたしの頭のなかはふわふわとした楽しみでいっぱいになっていった。

「いつか連れていってね」
「…フン」

チェリーピンクの口紅

数週間後、わたしは写真の観光地に降り立つことになる。驚くわたしの隣には、にやりと笑う彼の姿があるのだろう。



Thanks サンタモニカで待ってるね

チェリーピンクの口紅/20120602


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