悲鳴を上げ逃げ惑う人々、飛散した瓦礫、大量に吹き上がる蒸気。全てが5年前のあの日を蘇らせる。あいつらが、来たんだ。体内の血がどくりと沸き立つような感覚が全身を回る。やっと、闘える。気持ちが逸るが、まずは訓練兵団に合流しなければいけない。

「みょうじなまえ!」

歩み出した足はそのままに、背後から掛けられた怒声に振り向く。教官の表情は至って冷静で、まっすぐにわたしを見ていた。

「お前は後援で住民の誘導にあたれ」
「…教官、お言葉ですが私には巨人を倒す力があります!それなのに、」
「お前の持つ力は知っている。しかし、民は違う。非力だ」

その言葉に、熱くなった脳が冷静さを取り戻す。非力。わたしはそれを知っている。力を持たない小さなこどもたちが無残に喰われるその姿を、この目で見たのだから。そして、ただ立ち尽くすことしか出来なかった自分を知っている。

「力ある者が導かなければ、皆死ぬ」

巨人を倒したい。そんなものは、単なる自分の欲求だ。今最も優先すべきは、この町に暮らす住民の安全なのだから。高ぶった気分を落ち着ける為、深く深呼吸をする。こんなじゃ、エレンを死に急ぎ野郎なんて馬鹿に出来ないな。根っから直情型の彼を思いだし、思わず口角が上がる。わたしの様子に教官は怪訝な顔をしたが、直ぐ様本部へ入って行った。

「…気、引き締めなきゃね」

装備は既に万全だ。立体機動装置は異常なし、ガスも刃も補充してある。教官からの指示通り、既に避難誘導を始めている駐屯兵団の先輩方の元へ足を進めた。






しばらく走り続け、溜弾の音が随分遠退いたように思う。後衛部を目指す途中、同期の仲間たちが前衛へと進んで行く姿を見た。その姿に、巨人が人を食らう様子が鮮明に甦る。わたしの仲間は、また食われてしまうのだろうか。ぞわりと気味の悪い寒気が背筋を這い上がる。浮かんだ想像を振り払うように、走るスピードを上げた。

ようやく辿り着いた避難門には人だかりが出来ており、ガヤガヤと騒がしい。溢れかえる人の間を通りながら、指示を出す班長の元へ向かう。すれ違う人々は、それぞれ悲痛な声を漏らしていた。巨人を見た、家が壊れた、息子が見当たらない、家族が食われた。耳を塞ぎたくなるような言葉が飛び交っていた。人混みを抜けた先に立つ班長へ駆け寄れば、深刻な面持ちでわたしを見下ろす。既にわたしが避難誘導の補佐になった連絡を受けているのだろう。班長へ向け、左胸に手を当てる。心臓の音はやけに煩く、わたしの心をそのまま映したようだ。
この瞬間、仲間たちは巨人と戦っている。例え戦うことが出来なくても、今わたしに出来る、最もやるべき事を全うしなければならない。

「訓練兵団所属、みょうじなまえです。教官より住民誘導の命を受けて参りました」

わたしには、大切な人を守る力があるのだから。








管轄内の避難は無事終わり、あとは撤退の鐘が鳴るのを待つだけだった。わたしたちの担当場所の避難は円滑に進み、先輩方は安堵の表情を浮かべている。避難門を通って行く人々の顔は皆、不安と恐怖に染められていた。巨人を、または巨人が人間を食べる姿を見たのかもしれない。もともと内地だったこの場所には、5年前巨人を見た人は少ないのだから。

「…とうとう、こんな所まで侵入してきたの」

中衛部分の最後部あたり、一体の巨人がのろのろと進んでいた。手や顔には赤黒い血が飛び散り、引き起こした惨状を物語っている。あのとき感じた恐怖か、初めての戦場に立つ緊張か。無意識に強く結んでいた唇を開き、深く息を吐く。思い出せ、全てを。必ずもう一度、リヴァイに会うために。不気味に動く巨人を見据え、刃を構える。

「さよなら、巨人」

目標7メートル級。強く屋根を蹴り、巨人のうなじを深く切り取った。








予想より遅いながらも撤退の鐘が鳴り、市民の避難を終わらせたわたしは訓練兵のみんなと合流していた。ようやくの撤退のおかげか、多くの仲間は暗い顔をしているが多少の落ち着きを取り戻している。しかし見慣れた仲間の顔だちが数人見当たらず、中には泣き叫ぶ者もいた。わたしはその様子を見ながら、数分前の光景を思い出す。倒しても倒しても現れる巨人。目の前で仲間が食われていく情景。後衛のわたしに比べ、ほぼ前衛を勤めたみんなはさらにひどい状況だったのだろう。あのとき、教官に呼ばれずみんなと行動できたなら、もっと犠牲を減らせただろうか。考えれば考えるほど、気持ちは落ちていく。
そんなとき、ドオオオ!という轟音とともに大量の煙が上がった。

「砲声?!なぜ一発だけ?」
「あの煙の位置、水門が突破されたのか?!」

あたりはざわざわと沸き立ち、混乱の声があがる。いくら巨人とはいえ頑丈な造りの水門が突破されることは考えにくいし、たった一発の榴弾であんな大量の煙が上がるなんてことはない。疑問ばかりが募るなか、ひとりの訓練兵が民家の屋根の上へ飛び乗った。その姿を追うように、わたしも立体起動を作動させ屋根へ登る。

「ライナー?!なまえ?!」
「オイ?!お前ら!!」

屋根の上にはわたしとライナー、続くようにアニ、ジャン、数人の仲間が集まった。現場を見れば、水門の角から上がる煙を囲むように、たくさんの兵士が立っている。兵士たちは武器を構え、今にも飛び掛かってしまいそうなくらいの気迫を出して。まるでそれは、何か恐ろしい敵を追い詰めているみたいに。

「なに、あれ」

煙の中から無装備のアルミンが現れ、大勢の兵士たちに向かい大声で何かを話している。内容まで聞き取ることは出来ないが、剣幕や雰囲気から悠長な話題ではないことは分かる。次第に晴れていく煙から姿を表したのは、巨人の骨格とひどく酷似したものだった。あれは、一体何だ。先ほどまで、あの場に巨人は居なかったはず。わからないことばかりが頭を埋めつくすが、とにかく現場に近づかなければ。そう足を出したとたん、

「っ!い、ったあ」

突然、頭に激痛が走った。じわじわと絞められるような痛みから足に力が入らず、民家の屋根にへたりこむ。数10メートル先では友達が危険な目に遭っているのに、動くことができない。叫ぶようなアルミンの声が聞こえる。助けなきゃ、動かなきゃ。こんな状況でふいに浮かんだ景色は、久しぶりに思い出した両親の笑顔で。頭の奥がずきんとひときわ大きく傷んだあと、私の意識はぷつり、途絶えた。



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