夜は明け、陽が登る。なんとなく寝覚めの悪い朝だった。壁に掛かる時計を見れば起床時間までは数十分残っており、同室の仲間たちは今も眠っている。のろのろとベッドから立ち上がり、窓から射す朝日を受ける。今日で訓練兵としての生活は最後となる。明日になれば配属先が決定し、私たち訓練兵はそれぞれの道に進む。ガラスの向こうに佇む訓練場が、急に寂しげに見えた。くるりと窓に背を向け、未だに起きる気配のないルームメイトたちを横目に、私は着替えを始めた。

「…なまえ、おはよう」
「アニ、おはよう」

私が丁度着替えを終えたころ、ルームメイトのひとりであるアニが目を覚ました。彼女はいつも早起きなので、こんな状況は滅多にない。アニはふわりと小さなあくびをこぼしながら、私へと視線を送った。

「あんたにしては、やけに早起きだね」
「なにそれ、人をねぼすけみたいに」
「事実でしょう」

アニ得意のひやりとした視線が、ちくちく刺さる。そのときさらりと揺れた金の髪を見て、髪を結っていない彼女を見るのは随分と久しぶりだと気づく。朝日を浴びて光る髪を、自然と見つめてしまった。

「ねぇ、アニさ、髪おろしててもかわいいよ」
「…うるさい。さっさと食堂行けば」

私の言葉を聞いたアニは、つんとした態度でこちらに背を向け、これまたつんとした口調でそう言った。思ったとおりに褒めただけなのになあ。まあ、アニはなんだかんだで恥ずかしがる子だった。

「アニってば照れ屋」
「あんた、蹴られたいのね」
「ごめんなさい」

今さら、たまには早起きもいいものだなと思った。






「これから定期点検作業なのですが…、」
「点検作業の前に、教官室へ来るように」

教官はそう言い、すたすたと去って行く。朝食を終え、壁上点検に向かおうと準備を整えたころだった。用事があるならこの場で伝えてしまえばいいのに。若干の違和感を感じたまま、重い足取りで教官室へと向かった。


「失礼します」

部屋の中央に立つ教官へ向け、敬礼をする。教官室に来るのは、もう何度目になるのだろう。さまざまな反抗を犯した私にとって、この部屋は見慣れたものだった。ぼんやり点く電球が薄暗い教官室を照らす。相変わらず怖い顔をしている教官は、ちらりと目線を合わせると敬礼を解け、と命じた。

「用とは、何でしょうか」
「みょうじなまえ。王命より、憲兵団に入り忠義を尽くせ」
「…?なぜ、ですか」

敬礼を解き、突然の命令に問う。頭に浮かぶのは疑問ばかりだ。王命なんて、私のような下っ端に与えられる安っぽいものではない。それこそ、この国に深く関わる重用なものなのである。もちろん、それに歯向かうことなんて許されない。けれど私には王に逆らってでも、成し遂げたいことがある。苦い顔をしたまま返答を濁す教官に、不満な顔を隠すことは、しなかった。

「以前から申しておりますように、私は憲兵団に入団するつもりは全くございません」

私の返事を予想していたのだろう、教官は表情を変えずにそうか、と答えた。訓練兵として過ごした約3年間、一度だって憲兵団に入ろうと考えたことはない。頭が可笑しいと笑われ馬鹿にされることもあったけれど、この思いが変わることはなかった。私の顔を伺うように覗き込んだ教官は、深いため息を吐き、再び命を下す。

「しかしこれは、王直々の命なのだぞ?」
「私より優秀な者は大勢います」
「理由としては、数少ない東洋人の擁護も含まれているそうだ。我々も深い事情はわからん」
「……は?」

その言葉を聞き呆気にとられ、思わず間の抜けた声が零れた。王ともあろう者が、擁護のためなんて下らないことを「王命」にするなんて。明らかに渋い顔をしたのだろうが、教官は私を咎めなかった。おそらく、誰もが私と同じ考えを持っている。もう一度拒否の返事をしようと、呆れ気味に口を開いた瞬間、

ドンッ

「?!」
「何事だ!」

崩れるような音に、体がびくりと反応する。立て続け鳴る轟音に、叫ぶような声も聞き取れる。街で何かが起きているのだろうか。目の前に立つ教官も困惑しているようで、声を上げ眉を寄せた。生憎、教官室に窓は無く外の様子を知ることはできない。

「っ、失礼します」
「みょうじ、止まれ!」

体が意識よりも早く動いた。教官の怒鳴り声を背に、教官室を飛び出す。逸る気持ちが脳内に描くのは、数年前の惨劇。そして、幼く無力だった自分。開け放った扉の向こうに広がる街には、恐怖を露に逃げ惑う人々。そびえたつ壁の向こうには、昔見た巨人が顔を覗かせている。

人類の絶望は、再び訪れた。



prev next

bkm
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -