「諸君らは今日を持ち…」

時は流れて5年後。私は今日、訓練生を卒業する。共に数多の訓練に耐えてきた友人たちと離れるのは、少し寂しいけれど。教官がべらべらと話している間、私は思い出を噛みしめることに専念することにした。だって、つまらない話なんて聞きたくないからね。

「首席、ミカサ・アッカーマン」

思い出が脳内で1年分過ぎたころ、気がつけば教官の話は進み成績優秀者の発表となっていた。確か上10位以内の人は憲兵団への入団が可能だったはず。その特典を目指していた者は少なくない。ライナー、アニ、エレン、見知った友人の名が次々と挙がっていく。まあ私の名前が呼ばれることはないので、ぼんやりと聞き流すことにした。

「10位、クリスタ・レンズ」

隣に立つクリスタの顔は、驚きと緊張で固まっている。そんな彼女に小さく「おめでとう」と伝えれば、ぎこちない笑顔を返してくれた。クリスタは真面目で勤勉で、なにより優しい子だった。そんな可愛らしい彼女が10位内に入るほどの実力を持っていたなんて、世の中はわからない。成績優秀者の発表が終われば、この集会も終わりだ。ふと、前に立つ教官を見れば、視線が合った。一瞬、変な想像が頭を横切ったが、気にせずに教官の閉会の言葉を待つ。

「…そして同着10位、みょうじなまえ」

とたんに向けられた視線と、読み上げられた自らの名前に驚きを隠せない。…だからこんな前列に配置されていたのか。目の前にずらりと並ぶ大勢の教官の威圧感、そして何より、まわりのみんなの視線が痛い。

「……まじですか」

左胸に手を掲げながら、私は小さく呟いた。





「なまえ!」

集会は終わり、夕時。オレンジ色の陽は沈みかけ、空を彩っている。その様子を人気のない訓練場で眺めていた。そんなとき、私の名前を呼ぶ声が聞こえ振り向けば、こちらに向かうエレンの姿があった。

「エレン、どうかした?」
「どうかって、10位なんてやったな!」
「なに、私のことバカにしてる?」
「そうじゃないけどよ、だってなまえさ…」

隣に腰を下ろし、じとっと私を見るエレンに、ここ3年間を思い出す。確かに、教官に誉められた記憶はあまりない。浮かぶのは、訓練においてのルール無視、寮での規律違反、サシャとの食料窃盗など教官への反抗ばかりだった。

「…まあ、私も10位内に入るなんて思ってなかったけどね」
「あの場にいた全員驚いてたと思うぞ」
「失礼だな」
「ごめんごめん」

結して真面目とは言えない私の態度だったが、友人たちが私から離れてしまうことはなかった。現に今こうして、エレンと笑って話ができている。しかし、けらけら笑っていたエレンは突然黙りこんだ。何かと思い問えば、彼は真剣な顔をし、口を開いく。

「あのさ、なまえは憲兵団に入るのか?」
「…そういう話題って、普通そのときのお楽しみじゃないの?」
「いいじゃんか、気になるんだから」

いかにも興味津津、といった様子のエレンはぐんぐんと私に顔を近づける。彼と知り合って約3年経つが、いつだって積極的な性格だった。それにしても、…近すぎないですか。

「っ、じゃあヒント。私は私の好きな人がいる団に入ります」
「は?」

うん、これならあながち間違ってないはず。ふざけた口調でそう言えば、エレンは眉を寄せ心底不思議そうな顔をした。

「エレン、もう夕食の時間だよ」
「…ああ。そうだな」
「早く行かないと、ミカサが待ってるんじゃない?」

煮え切らない様子のエレンに、にやりと笑ってそう言えば、エレンは顔を赤くして「ミカサは関係ない!」と走っていった。…結局行くのね。ひとり残された私は空を見上げる。巨人の侵入、コラッジョさんとの出会いから5年が過ぎていた。

「リヴァイ…。もうちょっとで、会えるかな」

たった一度も会えなかった5年間で、私少しは成長したんだよ。背も伸びて、体力もついて、立体機動も使えるようになって。短かった髪だって、こんなに伸びた。調査兵団に入ってからのリヴァイの活躍はもちろん知っている。1人で1旅団の力を持ち、人類最強と謳われているのだ。そんな遠く離れたリヴァイの存在に近づくために、強くなるまでは決して会わない。そう決心をして、私は毎日訓練を積んだ。そして不本意だが10位という結果を残し、卒業を迎えた。もう少しで、リヴァイに会える。その事実が嬉しくて、自然に顔が緩む。

「…そろそろごはん食べ行かなきゃね」

幸福感と空腹を共に、静かな訓練場を後にした。いつもの時間よりも遅れて食堂に入れば、エレンとジャンが取っ組み合いをしている。毎度のことなので、とりあえず放っておくことにしよう。そのうち誰かが…、ミカサがエレンを担ぎ上げて終了。という思ったとおりの展開となり、2人は冷やかされながら食堂から出ていった。本当、彼女はエレンの姉みたいだ。なんて考えながら、私は大人しくその様子を見ていた。しかし訓練兵卒業となった今、あんなやりとりを見ることはもうなくなる。その事実に少し寂しく思いながらも、ゆっくりと食事を続けた。

風のない、星の綺麗な日の出来事だった。



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