どのくらいの時間がたったのだろう。不思議な巨人と遭遇してからのことはあまり覚えていない。なんとかウォールローゼ内に流れた私は、とぼとぼ町を歩いていた。帰る家も、行くところもない。すでに空は真っ暗で、少しの街灯と月灯りだけを頼りに歩いていた。夜風は冷たい。濃紺の空を漂う灰色の雲は流れ、月を隠す。一体どれほど歩いていただろう、たどり着いたのは小さな公園だった。2人掛けのベンチと小さな砂場があるだけ。ベンチに腰を下ろせば、ぎしりと鈍い音がした。

「これからわたし、どうすればいいんだろう」

悲しいとか寂しいとか不安とか、そんな感情は微塵も感じない。体の中心が、全てがからっぽになってしまったような。そんな感覚でいっぱいだった。






「…ちゃん、お嬢ちゃん」

ゆさゆさと体が揺れる感覚。いつのまにか、私は寝てしまっていたようで。だんだん覚めていく目と頭が捉えたのは、金髪の男の人。私が目覚めたことに気がついていないのか、未だに私の両肩を掴み、かくかく揺すり続ける。え、誰ですか。

「っ、あの、」
「お、起きたか」

ようやく私の肩から手を離した男の人は、安心したように目を細めた。月明かりに負けないくらいに明るい金色の髪が、さらりと流れる。よかったよかったと繰り返す男の人は、ベンチに座る私と同じ目線にしゃがみこんだ。おかげで、まっすぐな瞳から目を反らすことができない。それから男の人は真面目な顔になって、口を開いた。

「お嬢ちゃん、こんな時間に一体…」

そう言いかけると、何かを考えるように眉を寄せた。「こんな時間に一体どうした」。きっとこう問いたかったはず。でも、つい先ほど起きた巨人の侵入を思い出したのだろう。それのせいで私が1人きりになったと考え、黙った。嫌なことを口に出させることを、止めてくれたのだろう。

「お嬢ちゃん、家族は?」

優しく、哀しそうに問われた。男の人は微笑んでいる。そういえば、リヴァイと初めて出会ったときもこんな会話をしたっけ。久しぶりにリヴァイの存在を感じて、自然に心が軽くなる。でも、あのときとは少し違う。今、私には彼がいるんだ。

「…兄がいます。でも、今は会えません。家もありません」

そうか。哀しそうに眉を下げ、男の人は言った。その表情を見て、あの日見たエルヴィンさんの顔が頭を過る。エルヴィンさんもこんなふうに笑っていた気がする。あの人は私のことを、一体どんな気持ちで見ていたんだろうか。

「…よし!」

突然思い立ったように声を上げたと思えば、男の人は笑顔を浮かべていた。うつむいていた視線は再び私と絡む。どこか、楽しみを含んだような笑顔だった。

「行くとこねえなら、ウチに来い」

そう言って、けろりと笑う。脈絡の全くないその言葉に、私はもちろん驚きぱちぱちと瞬きを繰り返す。今度の笑顔は曇りの一切ない、まっすぐな笑顔だった。

「あの、どういうことですか?」
「おー、悪い悪い。突然だったな。おれはコラッジョだ。嫁と息子と3人で暮らしてる」

いやいや全然答えになっていないんですが。そう言える訳もなく、私は黙りこむ。きっとコラッジョさんは私がシガンシナからひとりきりで流れてきたことを察知して、家に呼んでくれたのだろう。それでも、素性も何も知らない私を家へ誘うなんて。

「お嬢ちゃん、名前は?」

コラッジョさんは腰を落とし、私を見上げるような体制をとった。雲に隠れていた月の光が現れ、きらりとコラッジョさんの瞳に反射する。色素の薄い瞳が優しくまばたくと同時に、私は口を開いた。

「…みょうじなまえ、です」
「なまえ、か。いい名前だな」

泣きたいわけじゃないのに、なんでだろう。涙が止まらない。ぼろぼろ流れる涙をごしごしこする。ひくひく喉が鳴って、気持ちが悪い。そんな私の頭を優しく撫でて、コラッジョさんは言った。

「ウチに来いよ、なまえ」

それでも泣き続ける私に、「ひどい顔だぞ」なんて言う。途端、涙を拭っていた左手をぱしっととられた。歩きだしたコラッジョさんを見上げれば、にかり。なんだか満足そうな笑顔だ。それはなんとなく、ぼんやり思い出す両親の笑顔に似ているような気がした。ぎゅっと繋がれた左手から伝わる温度は暖かい。しいんと静かな町が、少しだけ色づいたように見えた。




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