惨劇を繰り広げる施設を背に、私は走り出した。数十秒前に掛け上ったばかりの坂を必死に下る。脳に焼き付いた光景は、ありありと浮かぶ。瓦礫によって半壊状態となった施設、それに群がる数体の巨人。子どもたちの泣き叫ぶ声が、一つひとつ消えていって。全力で走り続ける体は、無意識に呼吸が荒くなる。それでも足を止めないで、私は走る。坂をくだりきった途端、がつん、視界が一転した。膝と掌に強い痛みが走る。考え事に気を捕られ、足元まで気が及ばなかった。こんな状況に陥って、私は転んだのだ。道の真ん中に、うずくまるように座り込み、血の滲む両手を見る。立ち上がろうという気は起きない。50メートルほど離れた場所には、こちらに向かって歩く巨人がいるのだ。遠くから聞こえてくるたくさんの悲鳴、巨人の歩く地鳴りの音。もう何も考えられなかった。そんな気すら起きなかった。
「っ、リヴァイのばか、助けてよ」
数メートル先に巨人が迫っている。こんなときにも浮かぶのは、やっぱりあの人のことで。離ればなれになってから、一度だって会えていない。ぼろりと流れる涙を拭うのは、痛む自分の手。あのときの力強い手が私に触れることはもうないのだろうか。意識すらぼんやりとし始めた私の視界が陰り、巨人が目前に迫っていることを認識する。私は目を閉じ、迫る恐怖を想像した。
「……?」
しばらく時間がたったというのに、体に痛みの感覚はない。巨人は、私のすぐ側に迫っていたはずなのに。不安に刈られながらもそっと目を開ければ、そこには私を凝視する1体の巨人の姿があった。ばちりと視線が合う。すると突然、巨人は泣き出したのだ。顔を両手で覆いながら、涙を流した。おんおんと鳴く巨人は、まるで何か大切なものをなくした子どものようで。巨人が危険な生き物だということは知っている。けれど巨人の様子を見て、どうしても放っておく気にはなれない。私は巨人に手を伸ばした。
「あなた、悲しいの?」
ぴくりと巨人の動きが止まる。再び私と巨人の視線が交わった瞬間、聞こえたのはしなる金属音と肉の削げる音。
「よし!仕留めたぞ!」
「ずいぶん動きの鈍いヤツだったが、助かったな」
おおおお、とうめき声を上げながら巨人は倒れていく。伸ばしかけた私の手は、何も掴んではいなかった。目まぐるしく移る光景に、頭が回らない。得意げな顔を浮かべる2人の男が、私と巨人の間に降り立った。
「君、大丈夫か?」
「怯えなくていい。巨人はもう殺したからね」
安心したような駐屯兵の声は、私の耳にはあまり聞こえなかった。先ほどの奇妙な出来事などまるで他人事のように、目の前の巨人の残骸は消失していく。しゅうしゅう煙をあげ、そして跡形もなく消え去った。けれど、巨人の哀しそうな顔が私の頭から消えることはなかった。
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