[today's sweets] side:N


一度目にすると、忘れられない髪の色をしていた。


母親のパシリでケーキ屋さんに行った。
そのケーキ屋さんは、家から歩いて行けるほどの近さにあった。さすがにケーキを手に持って歩きたくはないから、いつも車で買いに行っている。

四台ぐらい車を止められるくらいの広さの敷地に、カスタード色の外壁でオレンジ色の屋根の建物がお目当てのケーキ屋だった。
仁王は、すでに外にいてもわかる甘い香りに、少し眉を顰めながら車の鍵をポケットに入れて、ケーキ屋の中に入った。
どちらかというと、甘い物は得意ではない。


「「いらっしゃいませー」」

客の来店に、店員がそれぞれ笑顔で挨拶をしてくる。
いつ来ても、この雰囲気は変わらない。なるほど、母親が贔屓にする理由もわかる。
店内は、入って左側の壁に棚があり、焼き菓子が陳列され、他方、右側はテーブル二つ分のイートインスペースが設けられてある。そして、店の真正面のショーケースにはケーキがずらりと並べられていた。ショーケースの後ろにはガラスの窓があり、パティシエがケーキを作っている姿も見られるようになっていた。
いつものように、頼まれたケーキを買って帰ろうと、思っていたが、挨拶をした店員の中に新人がいて、そいつに目を奪われた。

「ご注文お決まりでしたらどうぞー!」

爽やかな笑顔はもちろん、イチゴのように真っ赤な髪をした若そうな男がショーケースを挟んで目の前にいた。つい、じっと見てしまい、目が合ってしまう。
仁王は慌てて目を逸らし、頼まれたケーキの名前を指さしながら告げていった。

「お間違えないですか?」

プレートにはさっき言ったケーキが全てきちんと乗せられてあり、仁王はこくりと肯く。店員は笑顔で肯いてケーキの箱詰めをしに背を向けた。

いつからこんなインパクトの強い人を店長は雇っているのだろう?

思案しているうちに、ケーキの箱詰めが終わった。代金を支払い、箱詰めされたケーキを受け取る。

「ありがとうございました!」


最後までその店員は笑顔だった。

お家に帰って、ケーキを渡しながら母親に告げると、母親はすでに知っていた。たまたまいた姉貴も知っていたようで、「アンタよりも優しそうでいい子よ、きっと」と勝手に評価してきた。
どうやら最近雇われたらしい。二人も髪の色に驚いたものの、接客の良さにすっかり虜になってきたようだった。
ケーキ食べる?と聞いてきた母親に、いらないと頭と手を横に振った。
そのときは、面白い人がいるんだな、その程度の興味だった。




決定的な事が起こったのは、赤髪の店員に出会ってから、1ヶ月過ぎた頃だった。

今度は姉貴からのパシリでケーキ屋さんに向かっていた。今日もまた、アイツが、いるのだろうかと少し楽しみにしていた。
お店の中に入ると、いつものように店員たちが笑顔で爽やかな挨拶をしてくれた。その中に、あの赤髪の店員の姿はなかった。

……あ、いた。

よく見れば、後ろのガラス窓の奥に、赤髪の店員の姿があった。

「ご注文お決まりでしたらどうぞ」

黒くて長い髪を後ろに束ねた女性の店員が、笑顔で話しかけてきた。仁王は、姉に言われたとおり、ケーキの名前を告げた。
ケーキの確認も終え、店員がケーキを箱詰めしているのを待ちながら、赤髪の店員を眺める。赤髪の店員は、販売を担当しているときのウエイターのような姿ではなく、まさしくパティシエ、というような白を貴重としたコック服だった。
店員がウエイター・ウエイトレスの衣装を身にまとっていることも、お店が愛される理由なのかもしれない。要は雰囲気がいいのである。

赤髪くんはというと、真剣な顔で、ホールケーキの上に、生クリームを丁寧に一つずつ絞り出していた。
かれこれ1ヶ月彼の顔を見てきたはずなのに、こんなに真剣な表情をしているのを初めて見た気がした。たかが1ヶ月といわれるかもしれないが。



「ありがとうございましたー!」

女性店員からケーキを受け取り、お店を出る。
まともに話したことすらないのに、すっかり観察対象になっていた。
あとあと気づいたのは、このお店はご丁寧にネームプレートをつけていたことだ。そのおかげで、赤髪くんの名字が「丸井」であることを知った。数ヶ月後の話である。



「今日からバイトに入ってもらう……」
「仁王です、よろしくお願いします」

気がつけば、バイトを始めていた。完全なるストーカーである。
アルバイトを募集していたと知らせてくれたのは、母親である。仁王がアルバイトをすることで、商品が割引にされたり、余った商品をもらえたりするのを期待したらしい。
店長と母親はいつの間にか仲良くなっていたようで、あっさり採用された。
今までバイトしていたのは、外見条件の厳しくない深夜のものばかりだった。夜型だから辛くはなかったが、これから授業に追われると周りから言われているし、この際辞めることにした。

「商品覚えてもらいたいんだけど」
「それならとっくに覚えたぜよ」
「はあ?」

店長から面倒を見るように言われたらしい丸井は、思いっきり眉間にしわを寄せている。また、見えなかった表情が見えた。つい、面白くなる。

「試してみるか?」
「……自信あるならいいよ。あとは日持ちと値段と……」
「おいおい、俺が試してみるかって自分から言っている時点で、商品ってのはそこまで覚えてるってわからん?」

関心を持たれたい一心で最低限のことをしていたつもりが、仁王の口調も相まって、マイナスな印象を持たれるようになってしまったらしい。
少しでも名誉挽回しようと、真面目さを見せるためにわざわざ黒いウィッグをつけてバイトをしたものの、丸井の反応は相変わらずだった。
周りから避けられるような人間ではないと思っていたし、実際そうならないよう適度な距離で人と接してきたはずなのに、意中の人に露骨に嫌な顔をされるのはさすがにへこんだ。

それでも、苦労すればするほど燃えるという困った質のおかげか、何とか踏ん張る。もはや意地である。

少しでいいから、仲良くなりたかった。もっと丸井の色んな顔が見たかった。

「なあ、俺たちどっかで会ったことない?」
「知らねーよ」
「やっぱまだ駄目かの……」

例え、つっけんどんな態度をとられたとしても。



願ってもないチャンスが現れた。

丸井が新商品を作ったらしく、意外にも丸井から進んで、仁王に試食させてくれたのだった。
甘さ控えめのケーキは、普段自分から食べない仁王の口にも合った。

「美味い?」
「お世辞なく」
「そっか」

そういう丸井は、いつものケーキを販売しているときとはまた違う、笑顔を見せた。嬉しくて、自然に、こぼれた笑みだった。

やっと、少しは心を開いてくれるようになったのかもしれんな。

仁王は、機嫌がよいのか丸井がバシッと叩いてきた背中を擦りながら、レジへ向かった。



休憩時間になったので、外に出て植物に水をやっていた。
丸井の手前、バイト中は、かちっとした服装を心がけているが、休憩に入るとウィッグも蝶ネクタイも外すことにしていた。
そういうときに限って、丸井は外に出てくる。しかし、機嫌が良さそうだった。挨拶をしてくれるくらいに。

だから、これは、願ってもないチャンスだと思った。

「もう終わり?」
「うん」
「……この後暇?」
「へ?」
「たまには一緒に帰らんかなーって」

少しの間があった。まだ、早すぎたのかもしれないと思った。けれど、仁王の思い過ごしのようだった。

「いいよ。バイト何時まで?」
「んーあと1時間かのう」
「わかった待ってるよ」

あまりに上手く事が運びすぎる。仁王は動揺を隠すため、植物に水やりを続けた。




二人が帰る頃にはすでに日は沈み、空は星でいっぱいだった。
夕ご飯も一緒に食べることになり、ファミレスまであともう少しのところで、仁王は足を止めた。自分はつくづく我慢のできない男だと仁王は思った。特に、丸井に関して。
仁王は、ゆっくり口を動かした。

「なあ、丸井、覚えとらん?俺のこと」
「またそれかよ」
「本当に?」
「……うん」
「さよか……こんなに目立つ髪型なら目に焼き付くんじゃないかなって思ったんじゃが」
「どういうこと?」
「バイト先をここにしたのは、丸井が働いているからじゃよ」
「……どういう?」
「あそこの店、常連なんよ」
「常連?」
「そう。親が気に入っててのう」

仁王は、淡々とバイトを始めるまでの事の経緯−−丸井に出会った話をした。丸井は黙って聞いている。
ファミレスの前だからか、明かりで丸井の表情がはっきりとわかる。
一通り話し終えると、丸井は納得したと、うんうん頷いた。
引かれないか心配していたが、その様子を窺えるような表情は見せなかった。ひとまず安心した。

「で、どんなやつか探るためにバイトに応募したってことか」
「ご名答」
「探偵みてえだな、お前」
「ありがとさん」
「褒めてねえ」
「やっぱ、覚えてないもんなんやの」
「男性客もいるしなあ」
「ふーん」

内心がっかりしたが、それよりもこんなに丸井と話せたことの方が嬉しかった。

「のう、丸井」
「ん?」
「お前さんのこともっと教えてくれん?」
「お前こそ、教えてくれたっていいんじゃね?」
「もう嫌いじゃないんか」
「……!?」
「あんなにあからさまな態度とられたらわかるぜよ」

苦笑混じりに言った。丸井も申しわけなさそうに頬をぽりぽり掻いている。丸井は今までの仁王に対する嫌悪感をすっかり見せなくなっていた。

「そろそろ中入んねえ?」
「中でたっぷり話そうかの」
「気の済むまでどうぞ」

これから長い長い夜の始まりだった。





「なあ、それ、いつまで被ってんの?」
「ん?」

更衣室で着替えていると、突然、丸井が頭を指さしてきた。

丸井とは、すっかり仲良くなった。もちろん、友情の方でだ。
ファミレスで語り明かしたのは、とりあえず、素性と、いかに仁王雅治が疎ましかったかの物語についてだった。
モテる奴はこうして嫌われるんじゃなあ。こっちは全く女に興味なんてないのにの。

それよりも、丸井の方が興味ある、と思っているのは、あのときに言えなかった。

仁王は、丸井に指さされたウィッグをそっと撫でる。

「あー……好青年キャラ演じとるから……」
「好青年というよりはホストの接客だろい」
「そうかの?」
「おう」
「じゃあ、いらんか」

仁王が丸井の突っ込みを素直に受け入れてウィッグを取ると、丸井が嬉しそうににっかりと笑った。

「そうそう、お前はそうじゃなくちゃな。そっちの方が俺は好きだ」
「………」

思わず思考がフリーズしてしまった。

「おい、どうしたん、……っ!」

丸井も何かを思ったのか顔を真っ赤にした。

「もう一回言ってくれん?」
「やだ」
「ケチ」
「ケチはどっちだよ!もう何ヶ月経ってんだ……あっ!」
「丸井?」
「何でもねえよ!」

丸井が顔を真っ赤にしながら、その場を立ち去ろうとしたので、仁王は丸井の片腕をがしっと掴んだ。

「何でもある」
「……っ」
「こっち向きんしゃい」
「………」
丸井が観念したように、ゆっくり振り返る。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「丸井、すまん。気づけんかった」

もっと早く、気づけたら、なんて、虫がいい話。

「丸井の気持ち、確かめるのが怖かった。でも、やっと確かめられた」

確信が持てるまで、行動に移せなかった。どうか臆病者だと笑ってほしい。
丸井は何も言わなかった。言葉の続きを待っているようだった。仁王は、お腹に力を込めて、溜め込んでいた気持ちを吐き出す。


「丸井、好いとうよ」


やっと口に出せた。ずっと言いたかった言葉。少し、声が掠れていたかもしれない。
掴んでいた丸井の腕を、そっと離すと、丸井はその場にしゃがみ込んで笑っている。予想外の行動に、仁王はどうしていいのかわからなかった。

「はー本当長かった」

顔を上げた丸井は、笑いながら泣いている。


「俺も、仁王が好きだよ」




本日のスイーツは、どうやらこちらに決まりそうです。




2015/10/10

仁王視点から書いてみました〜!
よく考えると仁王下手したらストーカーになってしまうでのは?と後から思いましたが、温かい目で見守ってやってください笑
ニオブンフォーエバー!!!


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