「うまれる」
「おーい、大丈夫か」
「だめ、もう出るー」







ジャーという流水音とともに私が産み落とした汚物が無事成仏されました。ふうスッキリ。


女子トイレから出ると柄の悪い金髪がちゃんと手洗ったのかーとか言いながらニヤニヤしている。からかう気マンマンってやつですか。てかあんたクラス違うくせにどこから聞きつけてやってきた。


「うっさい大楠」
「ひゃっはっはっは。さすがなまえやってくれるぜ」
「おいおい、おまえら喧嘩すんなよ?」


冷静沈着のリーゼントが私たちをなだめる。紳士ぶるのも大概にしてくれ。


「洋平でしょ!大楠に言ったの!」
「ハハ、おーこえ」
「っとに、こっちは死にそうだったってのに」



それで大丈夫だったのかよ?という大楠の問いに私はお腹をポンポンと叩いて笑って見せる。


「ただの便秘だよーん。踏ん張ったらみょうじ復活しました!」


4時間目の激痛が嘘のよう。我慢して我慢して我慢したのに限界超えて現国の授業を飛び出したのは思い出したくありません。


「こーら、女の子はそんなこと言っちゃだめ」


洋平は私がこういう下品なこと言うといつもそう言って怒る。呆れてるってぐらいだけど。よく言うよ、おんなおんなした子は嫌いなくせに。


「ハッハッハッハ!こいつは女じゃねーんだよ」


豪快に大楠が笑った。まあ、もうそれでいいか。だから一緒にいられる。こうして目の前で洋平が笑ってくれる。それが一番しあわせだもん。




放課後になるにつれてまた体調がおかしくなってきた。今度は腹痛じゃない。熱っぽい、だるい。もしかしてあの腹痛もただの便秘じゃなかったのか。授業が終わって、洋平に今日は帰るねーと言って教室を出た。


校門を出たところで大楠に会った。何やってんのこいつ。自転車またがって。


「どしたんよ?」
「乗っけてってやるよ!優しいなーオレって奴は」
「え、いいよ」
「遠慮すんなって」
「いや別してないって」
「具合悪いんだろー」


鳩が豆鉄砲喰らった。なんで気付くのこいつってば。でも大楠の自転車に乗るわけにはいかない。ホント大丈夫だってと言い無理やりそこを通りぬけて帰った。


付き合ってるわけでもないのに洋平に義理堅いわたしは他の男の人に勘違いさせるようなことはしない。もう一度言おう、べつに洋平とは付き合ってない。ただ好きなだけ。好きすぎるだけ。


本当は腹痛なんて恥ずかしいとこ見られたくなかったよ。でも洋平が心配してトイレまで来んだもん。そうなったら笑いに変えるしか私には出来ないんだもん。


体調が悪いせいかそんなことを考えて泣きそうになってしまった。べつに不幸なんかじゃない。むしろハッピーだ。洋平と一番仲が良い女子は間違いなく私だ。友達としてでも全然嬉しいんだから。


体を引きずるようにしてベッドにもぞもぞ入ると携帯が鳴った。鞄に手を伸ばしてメールを見ると大楠から心配するような文面。あいつは私の事散々ばかにするくせにここぞという時は女扱いしてくれるんだよな。ありがとうって返事を打って今度こそ横になる。するとまたバイブ、しかも長い。返事はメールでいいよと心の中で思っていると画面には水戸洋平のなまえ。はて。


「もしもし」
「あなまえ?」
「うんどーした」
「いや、今もうおまえん家の前なんだけど部屋何番だったっけ」
「え、」
「だから何号室?」
「あ、305」
「了解ー」


と同時にインターホンの音。画面に映る洋平の顔で理解しました。なぜか洋平がうちに来ている。私はマンションの解除ボタンを押して、心臓の音が早まるのを感じた。


今度は部屋の方のインターホンが鳴って、なんでか分かんないけどもう逃げられない感覚になって意を決してドアを開ける。洋平がおーいい部屋、と一言。そう、初めてなんだよ。初めてのくせに家知ってるとか洋平どういう事なのよ。


とりあえず部屋の中まで招き入れて、ソファー座ってとかなんか飲むとかせかせかしてると、洋平が困った笑顔を作る。


「いいから、病人はおとなしくしとけ」


気付いてたのか。大楠も洋平も実は優しいんだホント。大楠の自転車を断ったのに今ここにいる洋平を思うと少し後ろめたい気持ちになった。


洋平は立ち上がって台所でなんかしている。カチャカチャ音がするとグラスにポカリを入れて帰ってきた。


「ほら飲んで」
「、ありがと」


いつもより分かりやすい優しさと熱のせいか素直に感謝出来た。


「熱は?」
「ちょっとあるっぽい」
「冷えピタ買ってきたから貼って少し寝ろ」
「え!ごめんありがとう」


コンビニ袋をのぞくと本当に入ってた。至れり尽くせりでなんかまた泣きそうだ。シートをめくっておでこに貼ろうとするのだけど前髪とかが邪魔してなかなか貼れない。う、おい、くっつくな。


「はは、本当不器用だよねなまえ」
「違う、これ難しいんだって」
「もういいから貸せ」
「えーだって」


私の手にくっついてこれ修復可能かってなった冷えピタをキレイに剥がすと洋平が私の前髪をあげておでこにピタっと貼ってくれた。そりゃもう商品名どおりピタっと。あまりにも自然とするからなんにも言えなかったけど前髪あげられたりとか、洋平の顔が近いとか照れる要素がありすぎて熱がさらにあがった気がした。


「おでこ汗かいてるね私、恥ずかし」
「熱あるんだから当たり前だろ」
「うん、ごめんね」
「なんで謝るんだよ、変な奴」


普通の女の子みたいに扱ってくれることが嬉しくて、いつもみたいな会話が出来ない。ふたりきりなのは嬉しいけど、それ以上に恥ずかしくてなんて言っていいのか分からずにさっさと寝てしまおうと目を閉じた。洋平はソファに座ってるのかな、と思った瞬間ベッドの右側がギシっと音を立てた。頭を撫でる感触がこそばゆい。私まだ寝てないから!寝てる演技とか下手だから早く気付いて!という気持ちがこのままで居たいという願望と衝突した。それでも洋平の手が私の頭から離れることはなかった。


ふと目を覚ますと、時計は22時を指していた。うっそ、あの状況でなかなか深い睡眠に入ってしまったようです。暗い部屋を見回すとそこに洋平の姿はない。夢オチ!と焦った私のおでこにはもう全然冷たくない冷えピタがくっついていて安心した。


薬が効いたのか少し楽になってお腹がぐうと鳴った。そういえば何も食べてない。なんかあったっけと思って電機をつけないまま冷蔵庫を開いた。漏れる光がまぶしい。そんな中私の目が捉えたのはポカリのペットボトルと見覚えのないヨーグルト。おでこに貼ってある冷えピタをさすりながらこの三点セットは反則だと口元が緩んだのでした。


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