今日もメイドさんのお手伝いをしながら一日を過ごした。あれからミストガンに会いに行く機会は何度かあったものの、私は彼を避けるように行動していた。彼に会って何を話せというんだ。“結婚おめでとう”って笑えばいいの?胸の辺りがモヤモヤして、気持ち悪い。そのせいで、仕事にまで支障が出てしまい逆に迷惑をかけてしまった。メイドさんが心配そうに私の顔を覗き込んでくるものだから、ますます申し訳なくなる。


「なまえさん、大丈夫ですか?顔色も優れませんし…」

「す、すみません」

「今日は仕事を早めに切り上げて、お部屋でゆっくりしてください。最近はバタバタしていましたからね。疲れが溜まっているんですよ」


ふんわりと微笑んでくれるメイドさんの気遣いに泣きたくなった。ここのお城の人達はみんな優しいし温かい。今回はお言葉に甘えて休ませてもらう事にした私は、重い足を引きずって部屋に戻った。実は、私には密かに決めていることがあった。小さな引き出しの中から一枚の紙を取り出して、ベッドに横になりながらそれをぼんやりと見つめる。


私が手にしているのは、新しい仕事先の詳細が書かれた紙だった。そこは小さなケーキ屋さんだが、何度か通いつめているうちにすっかり気に入ってしまったお店でもある。お店の店長さんには“なまえちゃんが働いてくれるなら大歓迎だよ”と有難い言葉までかけてもらった。


お城を出ていく準備は着々と進んでいる。後はミストガンやお世話になった方々にこの話を打ち明けるだけだ。せっかく仲良くなった人達とお別れするのは寂しいが、ミストガンに甘えて一生ここで暮らすわけにはいかない。疲労も溜まっているし、まだ夕方だが一眠りしようと決めた私はふかふかのベッドに横になった。






夢をみた。はっきりとは思い出せないが、優しくて安心する夢だった。一瞬意識が浮上しかけたが、誰かに頭を撫でられている感覚があまりにも心地よくて目を開けたくない。目が覚めれば、この感覚も消えてしまう。それが嫌だった。


(…あったかい)

「…なまえ」

(気持ちいい、なあ)

「一人で泣いていたのか…?」


ふわふわとした曖昧な感覚は、全てを包み込んでくれた。私の不安や悩み、モヤモヤとした感情も全て。このままずっと眠っていたい。温かい手は飽きることなく私の頭を撫でていた。


「すまない…。私はなまえを傷つけてばかりだ」

(何で、どうしてそんな悲しいこと)


だんだんと覚醒してきた意識の中、私の頭から優しい手のぬくもりが離れた。