沖田先輩に連れられてやって来たのは小さな公園だった。先輩は街中に行きたかったらしいが、私が嫌がったため無しになったのだ。街中で補導なんてされたら後が面倒くさい。コンビニで買ったアイスを袋から出し、設置してあるベンチに二人で座った。


「この後はどうするんですか?」

「ん?特に決めてないよ」

「では一刻も早く学校に戻りましょう。今なら遅刻で言い訳出来ますし」

「言うと思った。君って本気に真面目だよね。一君にそっくり」

「兄に厳しく育てられたもので。嫌でもこうなりますよ」

「言っておくけど、僕はまだ帰らないよ」

「……」


自由な人だ、沖田先輩は。縛られるのが嫌いなのか、いつも自由奔放に生きている。彼女を作らないのはそのせいなのかもしれない。


「そういえば…千鶴ちゃんでしたっけ?沖田先輩のお気に入りの子」

「気になるの?」

「いえ…大事にされているんだな、と思っただけです」

「彼女は危なっかしいからね」


確かに、千鶴ちゃんの体は細くて小さいし、可愛らしい顔立ちは庇護欲を掻き立てるには十分だ。平助が千鶴ちゃん千鶴ちゃんと騒ぐのも納得出来る。


「沖田先輩って、兄さんの好きなタイプとか知らないんですか?」

「…どうして?」

「兄さんから恋愛の話なんて一度も聞いた経験が無いので。兄さんも男ですし、可愛い女の子に興味くらい湧いてもおかしい話じゃないですよ」

「じゃあ僕も聞くけど、君は男に興味がないの?」

「私が男性と付き合わないのはタイプの人が居ないからです。というか沖田先輩、うまい具合に話をそらさないでください」

「残念だけど、僕も知らないよ。一君に好意を持ってる女の子は沢山居るみたいだけど」

「…そうなんですよね。私なんて、よく女の子に“一君のメルアド教えてくれない?”ってせがまれますし」


自分で放った言葉なのに、ちくりと胸のあたりに違和感を生じた。なんだか、おかしい。笑うつもりが上手く笑えない。


「…なまえちゃん?」

「きっと…寂しいんだと思います。兄さんはいつも私の隣に居てくれました。でも、特別な女の子ができればそれも無くなってしまう」


いつかは兄さんも私も自分の大切な人を見つけて、その人を最優先に動くようになる。兄妹の絆なんて所詮そんなものだ。冷静になって考えてみれば、兄と妹がいつまでも仲良くくっ付いて居られる訳がない。


「君がそんなに大人しくなるなんて気味悪いよ。深く考えすぎ」

「いっ…」


ビシッと沖田先輩にデコピンをされ、じんじんとおでこが痛む。ひ、酷い。この人容赦ない。食べかけのアイスが溶け始め、地面に染みを作った。


「痛いですよ沖田先輩!いきなり何するんですかっ!」

「ん?君の顔を見ていたらつい」

「…………」

「ごめんごめん、そんなにむくれないでよ」


いたずらっ子のように笑う沖田先輩の横顔を見ていたら、今まで鬱々と考えていたのが馬鹿らしくなった。今からあんなことで頭を悩ませていても疲れるだけだ。もしかしたら沖田先輩は、彼なりに私を励まそうとしてくれたのかもしれない。普段は意地悪な沖田先輩だが、実はとても優しいことを私は知っている。…おでこは痛むけれど。


「…ありがとう、ございます」

「何が?」

「いーえ、特には。ただ言いたくなっただけです」

「…変な子」