携帯のアラームがうるさく鳴り響き、朝が来たことを知らせていた。なまえはのそのそとベッドから起き上がり、アラームを止める。…ああ、眠い。欠伸をしながらカーテンを開けると、眩しい光が部屋を満たし、1日の始まりを告げた。


今になって考えれば、私は何て恥ずかしいことをしたのだろう。上半身裸の男性に抱きつくなんて、年頃の女の子としてどうなんだろうか。結局、昨日の私は電気が復旧するまで兄さんに抱きついていた。部屋が明るくなった瞬間に見えた兄さんの体は筋肉が程よくついていて、当たり前だが私の体とは全く異なっていた。思わず顔に熱が集まってしまい、それを誤魔化すように部屋に戻ってきたのだ。


(あああ馬鹿じゃん私!高校生にもなって雷が怖いって…。兄さんにも迷惑かけたし)


部屋の掛け時計に目をやれば、時刻は既に遅刻ギリギリを指し示している。最近兄さんは忙しく、私より先に家を出ることが多い。靴下を履き終えて、私は漸くリビングへ向かった。






「残念ながら遅刻だ。諦めろ」

「いや、これには深い訳があって…」

「言い訳など聞かん」


最悪だ。よりによって兄さんが遅刻点検の当番の日に遅刻する私はなんてバカなやつなんだ…!それには理由があって、目玉焼きにかけるはずだった醤油を誤って床にぶちまけた上にワイシャツにもこぼしてしまったのだ。着替える時間と床を掃除する時間で思った以上にタイムロスしてしまい、この有り様だ。いくら兄妹とはいえ、兄さんは容赦なく減点するような人で、言い訳は通用しない。兄さんの隣にいる薫くんも、私の哀れな姿を楽しんでいるように見える。…薫くんも沖田先輩みたいにSだったのか。


「あれ?なまえちゃんだ」


聞き慣れた声に後ろを振り替えれば、そこには沖田先輩と平助、それから女の子が1人立っていた。あの女の子はどこかで見たことがあるような…。誰だろう、思い出せない。


「もしかしてなまえちゃんも遅刻?珍しいね」

「沖田先輩はまた遅刻ですか。平助もしょっちゅう遅刻するし…」

「悪い千鶴…俺のせいでお前まで」

「大丈夫だよ。そんなに気にしないで、平助君」


大人しそうな女の子、千鶴ちゃんはおろおろと困り果てている。うーん、誰かに似ているような…私の気のせい?


「とにかく、全員失点とする。以後気を付けろ」

「一君!千鶴は許してやってくれよ。ただ俺らに巻き込まれて遅刻しただけだし…」

「まあ確かに、千鶴ちゃんには何の罪もないよね」


平助はともかく、沖田先輩が人を庇うなんて珍しい。千鶴ちゃんはさらにおろおろとしていて、見ていて可哀想だ。もしかして、最近の沖田先輩のお気に入りとはこの子のことだろうか。確かに可愛い外見だし、淑やかな感じだし。男子はこういう女の子が好きなんだと思う。兄さんでさえ、二人の言葉に揺り動かされそうになっている。


「沖田…千鶴を庇うなんて怪しいな。俺の妹には手を出すなって言ったよね」

「手出しなんてしてないよ、からかってるだけ。全く、この学校はどうしてシスコンが多いのかな」


カチリ、と脳内でバラバラだったピースがはまった。どこかで見た顔だと思ったら、千鶴ちゃんは薫君にそっくりだ。先ほどの会話から、あの二人は兄妹だと推測できる。


「じゃあ僕は、今からなまえちゃんとデートに行こうかな。みんなバイバイ」

「は!?ちょ、沖田先輩っ」


1人で考え込んでいると、沖田先輩は私の腕を掴んで校門とは逆方向に走り出した。沖田先輩が走るので、私も引き摺られるようになりながら足を動かすしか道はない。転ぶのは御免だし。振り向けば、みんなのポカンとした顔が映り、数秒後には平助の騒ぐ声や兄さんの声が聞こえた。


「沖田先輩、待って下さいって!サボるつもりですか?」

「うん。たまには良いよね?」

「良くないです、私が兄さんに殺されますから!サボりなんていけませんっ」

「聞こえないなあ」

「…はあ。もういいです」


沖田先輩には何を言っても敵わない。結構、黙って着いていくしか道はなかった。どうやって兄さんに謝ろうか。