私は人混みの中、流れに身を任せながら一人で歩いていた。人が多すぎる、やっぱりお祭りなんて来るんじゃなかった。擦れ違う人々はみな楽しそうに笑っている。お祭りの中、ここまで気分が沈んでいるのは私だけだろう。こんな思いをするくらいなら、黙って屯所に居れば良かった。


(可愛かったなあ、千鶴)


近藤さんから貰った浴衣を着た千鶴は、どこからどう見ても女の子だった。浴衣なんて代物は、新撰組の隊士として性別を偽っている私には到底縁のない話だ。しかし、優しい近藤さんは、きちんと私の分の浴衣も用意してくれていた。好意を無下にすることも出来ず、私は着なれない浴衣を身に纏い、化粧を施した。けれど――そんなもの、もう意味はない。






「おかえり。随分と早かったね」


屯所に帰ると、留守番をしていた総司が出迎えてくれた。顔色が優れないし、最近は食欲もないと聞いている。起きていないで黙って寝ていた方がいいのに。


「…人混みに酔ったから戻ってきたの。総司こそ、さっさと休んだら」

「今日は比較的体調がいいんだ。それより千鶴ちゃんは?君と一緒に祭りに行ったよね」

「………」


彼は人の感情を読み取るのが本当に上手い。私の気持ちなんて、きっとばれているに違いない。何となく総司の顔を見れなくて彼の横を通りすぎようとすると、彼に腕を掴まれた。


「痛い。何か用事?」

「泣きそうな顔してる。珍しいな、なまえがそんな顔するなんて」

「…うるさい。黙って」

「もしかして、一君に会ったの?」

「うるさいっ!」


私は総司の手を思い切り振りほどいた。案外あっさりと解放された腕を擦りながら、彼に背を向けた。総司は私の考えなんてお見通しで、いつも私の心を揺さぶってくる。だから嫌なんだ。


「千鶴が一に会って、嬉しそうにしてた。一は彼女を道端で放り出したりしないだろうし、私は邪魔者だから撤退してきたの」


一と平助が伊藤さん側に付いてここから出ていってからは、千鶴も元気をなくしていた。その理由なんて決まっている、千鶴は一に恋慕を抱いているからだ。


「なまえ。僕を見て」

「…嫌。そんなに惨めな私の姿は面白い?お願いだから、放っておいて…」

「無理だよ」


顔を無理やり彼の方へと向けられ、いきなりのことに私は慌てた。きっと今の私の顔はひどい。自覚しているくらいだから、相当なものだと思う。


「…見ないで、私に触らないでよ」

「今の君、すごく綺麗。いつもの君も好きだけど、僕は泣きそうな君も好きだな」


彼はいつも、こうして私をからかう。綺麗だなんて思っていないくせに。


「馬鹿にしないで!そういう台詞は千鶴みたいに可愛い女の子に言えば?気のある素振りを見せておいて、どうせ本気じゃないんでしょう!?」

「なまえもけっこう酷いよね、人の気持ちを疑う気?それに、君は捻くれすぎ。もう少し自信持ちなよ」

「…あんたに言われたって嬉しくない」


私は千鶴に嫉妬していた。自分に無いものを持っている彼女が羨ましかった。堪えていたはずだったのに、瞼がだんだんと熱くなってついに滴が零れ出た。私は本気で一が好きだ、あの人を愛している。報われないと理解していても、自然と目は一の姿を追っていた。


「やっと素直になったね」

「っ、う…っく」

「誰にも言わないから、いっぱい泣きなよ」


ポンポンと頭を軽く叩かれて、あまりの優しさに涙は引く所かますます勢いを増した。こんな時だけ優しいなんて卑怯だ。総司の前で弱味をみせたらもうお仕舞い。つけこまれてぼろぼろになる。分かっているのに、涙は止まってくれない。


「君はずっと一君しか見ていなかったよね」

「……」

「嫉妬なんてするつもりは無かったんだけど…僕には無理だった」

「総司…?」

「…忘れなよ。僕のことだけ考えて」


愛しい、哀しい


お互いに報われないなんて、神様は意地悪だ。




title/自慰