夜の森は静かなもので、ボクは木に寄り掛かって月を眺めていた。耳を澄ませば夜鳥の鳴き声や風の囁きが聞こえる。こんな夜は、彼女に会いたくなる。気紛れな彼女は滅多に姿を現さない故に、ボクが会いたいと思ってもなかなか会えない。


「…なまえ」

「呼びましたか?」


ふわりと、まるで空気のように音もなくボクの目の前に現れたのは、たった今自分が会いたいと願っていた相手であった。なまえはこの森の妖精だ。いつも唐突に現れては消える。彼女はあまり人前に姿を現したりしない筈だが、機嫌の良い日はこうしてボクの前に姿を見せるのであった。彼女の美しい少女の姿は、いつ見ても変わらないままだった。


「もう少し驚いてくださいよ。せっかくびっくりさせてやろうと思ったのに、つまらないじゃないですか」

「会いたかったよ」

「私もです。久しぶりですね、ゼレフ。月を眺めていたらあなたの事を思い出したもので、会いに来てしまいました」


彼女もボクに会いたいと思ってくれていた。それだけのことが、どうしようもなく嬉しい。ふふ、と無垢な笑顔を振り撒くなまえ。純粋な彼女は、誰にも汚されていない綺麗な森の中でしか生きられない。まるでボクとは正反対だ。命を奪う事しか出来ないボクと、生命を司る森の妖精。彼女とボクは、一緒に居て良いのだろうかといつも疑問に思うのだが決して口にはしない。ボクはなまえと会えなくなる事がとても怖い。


「隣に座ってもいいですか?」

「うん。ここにおいで」

「あなたの隣は安心します。不思議ですね」

「安心する?どうして?」

「私にもよく分かりません」


彼女は寄り添うようにボクの隣に座った。ボクの隣が安心するだなんて言うのはこの先彼女だけだと思う。遠慮なくボクに凭れるなまえは柔らかくて温かい。妖精とはいっても、きちんとなまえの体温を感じることも出来るし、彼女の体つきは普通の女性と何ら変わりない。その事にひどく安心した。


「また泣きそうな顔をしていますね」

「……」

「何となく分かるんです。あなたはいつだって寂しそう」


彼女の言葉に少なからず動揺してしまう。心を見透かされたのかと思った。ゆっくりと顔をあげると、彼女は穏やかな顔でこちらを見つめている。月に照らされてキラキラと光るなまえの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


「ボクはもう誰も殺したくない」

「はい」

「それなのに…ボクは罪のない命を奪ってしまうんだ」

「大丈夫です。私はこうしてあなたの隣に居るでしょう?」


きゅ、と彼女の小さな手で、安心させるように優しく手を握られた。何てあたたかいのだろう。彼女はこうして生きている。


「あなたが望むなら、私はずっとあなたの側に居ます。だからそんな顔をしないでください」

「…ボクから離れて行かないで」


ボクが溢した一筋の涙を、彼女はそっと拭ってくれた。悲しさと寂しさの感情が胸を締め付け、気づいたらボクはなまえを抱き締めていた。きつくなまえを抱き締めると、彼女はボクの背に腕を回して子どもをあやす様に撫でてくれる。ああ、この時間がずっと続けばいいのに。


泣きたい夜は君を呼んでもいいですか



title/M.I