千鶴の笑顔はかわいい。同じ女の子なのに、柔らかく笑う彼女を見ていると本当に安心する。千鶴は独特の雰囲気というか、纏う空気というか、そういったものが優しいのだ。だけど──今の千鶴の顔は、私が最も見たくない表情をしていた。
「千鶴。他の隊士達と早く逃げて」
「で、でも!怪我をしているなまえさんを置いて行くわけには…」
「早くしないと本当に死ぬよ。私も正直、限界なの」
そう告げると、彼女の大きな目の縁に、透明な滴がじわじわと溜まっていった。私は千鶴の悲しみに歪んだ顔が嫌いだ。女の涙は武器だ、とはよく言ったもので、私は千鶴の涙を見るとどうしていいか分からなくなる。しかし、怪我をした身で彼女を守るのはかなり無理があるし、私としては千鶴が傷を負う姿なんて見たくない。最低だ、私は。千鶴が簡単に私を見捨てるような子ではないと理解していて、彼女に逃げるよう促しているのだから。
「千鶴は私とは違う。あなたは生きるべき存在なんだ」
「なまえさん、」
「ありがとうね、千鶴」
千鶴の肩をそっと押して逃げるように再度促すと、私の覚悟を感じたのか彼女は泣きながらも小さく頷いた。土方さんも後で千鶴と合流するはずだ、そうなれば彼女の安全はとりあえず確保されるだろう。小さくなっていく他の隊士達や千鶴の姿を瞼に焼き付けながら、私はゆっくりと目を閉じた。不謹慎かもしれないが、ぼろぼろと溢れる千鶴の涙はすごく綺麗だった。彼女もいずれは結婚して子供を産んで、幸せな家庭を築くのだろう。私の肩から胸にかけて出来た傷は深く、刀なんてもう握れやしない。いつ敵が現われるかも定かではないこの状況下、私の命はあとどのくらいもつのだろうか。見上げた空は暗く淀んでいて、今にも泣き出しそうだった。


title/空想アリア