昔の夢を見ていた気がする。ひどく懐かしくて、それでいて悲しい夢。私が夢の最後に見たのは、新撰組のみんなの背中だった。それだけははっきりと覚えているのに、その他の事は分からない。私はふわふわと曖昧な感覚に包まれながら、浮上しかけた意識に逆らわずゆっくりと瞼を開けた。木々の間から所々漏れるまばゆい光や、草と土の匂い。そよそよと穏やかに吹き抜ける風は意識を再び眠りへと誘う。もうすぐ、夏だ。
「…ん」
「起きたのか」
「あ…はじめ、くん?」
起き抜けの頭では状況が判断出来ず、しばらくぼんやりとしていると、彼は私の額にかかっている髪を払ってくれた。どうやら私は彼に膝枕してもらっている身で、その上ここは屋外らしい。私はここでうたた寝してしまった事をようやく思い出した。いくら新緑に光が遮られているとはいえ、降り注ぐそれは眩しくて自然と目を細めた。
「夢でも見たのか」
「え…どうして?」
「…泣いている」
彼に指摘され、自分の頬を生温い滴が伝っているとようやく理解した。ぎこちない手つきで恐る恐る私の涙を拭ってくれた彼は、珍しく困惑している様子だった。それはそうだ、寝ていた人がいきなり泣き出したら誰だって驚くだろう。
「何でかな。すごく悲しいのに、あったかいの」
「…昔の夢か」
「うん。私と一君は一緒に新撰組に居て…戦い三昧の毎日で苦しいことも少なくはなかった」
「……」
「でもね、皆と騒いだり下らない話で笑ったり。そういうのは、楽しかったなあって」
人斬り集団と呼ばれても、汚い仕事を任せられても、私は決して新撰組を嫌いにはなれなかった。苦しくて辛くて何度も泣いたし、皆と本気の喧嘩をしてぶつかり合った日もあった。それでも私が新撰組で刀を振るい続けた理由。
「あらくれ者ばかりでも、私は皆のことが大好きだったんだなって改めて思った」
「…あんたは」
「え?」
「あんたは、俺と共に斗南へ来た事を…後悔しているのか?」
彼の意外な問い掛けに一瞬時を忘れてしまったが、吹き抜けた風で我を取り戻した。両目は彼の手の平で覆い隠されてしまい、表情を伺おうとしてみたが無理だった。後悔などしている筈がないし、寧ろ私はこうして彼の隣にいられる事実が嬉しくてたまらないのに。どうしてそんな質問をするの。
「私は一君が好きで、一緒に居たいと思ったからあなたに付いてきたんだよ」
「っ、…」
「私だけこんな幸せでいいのかなって感じるくらい幸せ。一君は違うの?」
「いや…俺も、あんたと居られるだけで幸せだ」
相変わらず手は退けてくれなかったが、一君はおそらく照れているのだろうと予想出来た。私達が新撰組で負った傷は、生半可なものではない。それは一生消えない刀傷であったり、人を殺める重みであったりと、一言では片付けられないものばかりだ。
「ねえ一君。私…、恐いよ。いつかはこんな幸せな生活も終わる。そう考えるとすごく恐い」
「…そうだな。人も、景色も。すぐに移り変わる」
「私…一人はいやだ」
ぎゅう、と一君の腰に抱きつけば彼はそのまま優しく受けとめてくれた。あんな夢は見るものじゃないな、と苦笑しながら彼から伝わってくるぬくもりに浸る。
「俺は羅刹となった身だ。いつこの体が朽ち果てるかも分からん」
「……うん」
「しかし…その時まで、あんたと一緒に居たいと願うのは、ならない事か?」
「っ…私だって、一君と居たい。この先辛い出来事があっても、一君が居てくれるから大丈夫」
「…最高の殺し文句だな」
自分の進んだ道に迷いが不安が無かったと言えば嘘になる。どうすれば正しい道に繋がるのか、悩んだ日も数えきれないほど。一人で考え込んでいた夜は、押しつぶされてしまいそうだった。でも、そんな負の感情は半分あなたが背負ってくれたから。あなたが私の手を引いてくれたから、今まで生きてこれたんだよ。あなたは辛くても顔には出さないし愚痴なんて絶対に溢さないけれど、私にはあなたが苦しんでいる時が自然と分かるんだ。だからその時は私があなたを支えるから。最後のその時まで、側に居させてね。


かなしみを分けあう


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