※≠千鶴ヒロイン、学パロ


「千鶴ちゃんになりたい」
「は?」
ここ屋上から見える天気は清々しいものだというのに、私の口からもれるのはため息ばかりだった。私の唐突な発言に、皆はお弁当を食べていた手を止めた。当の本人、千鶴ちゃんは小さく首を傾げている。(畜生、可愛いな)
「ど、どうしたんですかなまえ先輩」
「……千鶴ちゃんになりたい」
「なまえみたいな奴が千鶴になれるわけないってー」
平助がケラケラと笑いながら再び弁当を口に運ぶ。(多分あれは千鶴ちゃんの手作りだろう)いつもなら平助に殴りかかっているところだが、今日はそんな気も起きない。
「具合悪いんですか?」
「大丈夫だよ、千鶴ちゃん」
本当に心配そうな顔をしている千鶴ちゃんに、心が癒されると同時にため息が出た。平助め、いい彼女を捕まえたな。
「なまえちゃんが大人しいなんて気持ち悪いなぁ。もしかして恋煩い?」
「っ…う、うるさい総司!」
「なまえちゃんもあんな堅物に恋するなんて、苦労しそうだね」
途端、皆のからかいを含んだ視線とかち合う。何、私が恋をしてはいけませんかコノヤロー。まぁ隠しておくつもりも無かったし、別にいいけど。
「マジで!?お前好きな人いたの!?」
「…うるさい」
「僕はずっと前からなまえちゃんの好きな人知ってたけど」
「好きな人いたんですね、応援しますよなまえ先輩!」
あああ止めてくれ。恥ずかしいし、私が恋バナなんてキャラじゃない。私は女の子とは遥かにかけ離れた生き物だ。自分で言うのもアレだが、恋バナなんてものは私に似合わないだろう。
「で?誰なんだよ、好きな奴って」
「……別に誰だっていいじゃん」
「隠すなって、協力してやるからさ!」半分面白がっているであろう平助は、引くつもりは一切ない様に見える。教えてもいいのだが、絶対に憐れみのこもった視線を向けられる事は間違いないだろう。しかし、ここまで来て逃げられる筈もなく、暴露するしか道はなかった。
「……一君」
「は?」
「だからっ…一君だって言ってんの、バカヤロー!!」
…シーン。うるさかった屋上が一気に静まり返る。平助と千鶴ちゃんは、私の剣幕に驚いたのか目を丸くしていた。総司に至っては笑いを堪えてるし、最悪だ、もう。
「冗談じゃ…ないんだよな?」
「マジですけど何か?」
「だってさ…一君ってどう考えてもなまえみたいなタイプと似合わないっていうか…」
「あー駄目だよ、そんな事言っちゃ。なまえちゃん傷ついてる」
「だから千鶴ちゃんみたいに可愛く産まれてきたかったって言ってるの!慰める気ないでしょアンタ達」
もうため息しか出ない。釣り合わないなんて百も承知だし、一君と恋人になりたいだなんて恐れ多い。一君はもてるし、私よりも可愛い女の子は沢山いるんだから。
「席替えしてからよく話すようになってさ。気付いたら好きになってたの」
「なまえ先輩は、本当に斎藤先輩が好きなんですね」
「…うん。似合わないよね、こんなの。遠くから見てるだけで幸せだから、告白なんて絶対にしない。……嫌われたくないの」
あーあ、皆黙ってるよ。しらけちゃったかなぁ、こんな話聞かされて。それはそうだよね、他人の恋愛の悩みなんてさ。だから話すのイヤだったのに。
「私、なまえ先輩の事を尊敬できる人だって思ってます」
「…千鶴ちゃん?」
「私にできる事なんて限られています。でも…遠慮しないで相談してほしいです」
神が降臨した。彼女はなんて優しいんだろう、まるで女の子の鏡だ。だからこそ…私のコンプレックスを刺激する相手でもある。千鶴のような女の子の鏡に、私がなれる筈がない。
「私、外見や性格が可愛い訳でもないし…告白する勇気なんて出ないよ」
じわり、涙腺が緩む。ヤバイ、こんな場所で泣いたら皆が困るだけだ。止めようとしてもそう簡単にいくわけもなく、溢れた思いは涙となって零れ出る。「あーあ…。可哀相ななまえちゃんを慰めてあげなよ、一君」
ん?はじめ…くん?背中に嫌な汗が伝う。悪い予感ほど的中するものだ。平助や千鶴ちゃんも私の後ろに視線を向けていた。待って、何のフラグですかこれ。
「……なまえ」
「は、は、一君っ!?」
後ろを振り向くと、そこには気まずそうに視線をそらしている一君が。最悪だ神様なんて大嫌いだどうしよう今の話聞かれてないよね!?
「じゃあ僕達は戻るね。バイバイ」
「ちょっ…待って、」
無常にも閉められた屋上の扉。千鶴ちゃんが口パクで“頑張ってください”と言っていたが、何をどう頑張ればいいのか分からない。その前に、酷い顔をどうにかしなければ。一君にこんな不細工な顔を見せたくない。
「擦るな、赤くなる」
「あ、」
手を一君に掴まれて顔を上げた瞬間、彼とバッチリ目が合ってしまった。う、わ。一君が近い、近いっ…!
「す、すまない」
一君も慌てたように私の手を離す。その後に訪れるのは当然沈黙で。そういえば、一君はどうしてここにきたんだろう。滅多に屋上には来ないのに。
「総司から、連絡がきた」
「…え?」
「あんたが屋上で泣いている、と」
そ、総司っ…!いつの間に一君にメールなんて送ってたんだ。最低だよ、私の恋をそんなに残念な結果にしたいのか!
「…大丈夫。ちょっと気持ちが高ぶっただけだから」
「……なまえ。顔を上げろ」恐る恐る一君に向き直ると、バッチリと目線が絡み合う。一君の真っ直ぐな目に、体が熱をもつ。何なんだ、これ。恥ずかしい。こんなこそばゆい雰囲気、耐えられない。
「なまえ、…その、」
「一君?」
「…オレは、あんたの笑った顔が見たい」
私、夢見てるのかな。一君が好きすぎて妄想の世界に飛び立っちゃったのかもしれない。だって、有り得ないよこんな展開。少女マンガみたいな話、あるわけないって思ってたのに。
「っ…一君、いきなりどうしたの?」
「思いは言葉にしなければ伝わらないと総司が言っていた。なまえ、オレの話をよく聞いてくれ」
「は…はい」
「オレは…」
「……」
「…オレは、ずっとなまえを見てきた」
「……!」
「なまえが好きだ」
一君の顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤になっていた。奇跡って起こるものらしい。私はあまりの衝撃に、暫くその場から動けなかった。


(なまえ先輩、上手くいってよかったですね!)
(あ、ありがと…)
(複雑そうですけど、何かありました?)
(総司に借り作るなんて後が怖くて…)
(…頑張ってください)


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