※捏造

まあるい盃に掬われた冷酒に浮かぶ綺麗な月が、同じく綺麗な元就の唇へ消える。女のような色をした、薄い唇だ。最も、真っ赤な彼岸花と芒、そして夕月夜の真ん中で酒を飲む元就の姿は、目が眩むほど美しかった。けれど唯一普段と異なるのは、彼のいつもの人形のように取り澄ました表情が、酔ったこの瞬間だけは憂いていることだった。この瞬間だけ、毛利元就というひとりの人間が現れるのであった。

「………長曽我部よ」

不意に目線だけを移して、隣で同じく月を眺める男の名を呼んだ。それに答えるように男も目線を投げ返すと、元就のしゃんと伸ばした背筋が、ほんの少しだけ緩む。やはり彼は戦闘時の鎧を着込んだ姿よりも、落ち着いた模様に包まれた着物姿のほうが似合うと思うのだ。だって、鎧なんてものは血でいつか錆びてしまう。今の元就の瞳のように。

「…互いの、昔話でもしようではないか」
「昔話?」
「我は貴様のことをよく知らぬ。貴様も同じであろう」

元就の突然の、らしくない誘いに乗るのも悪くはない。相当酔っているのだろうか、頬こそ染まってはいなかったが、活気の抜けたような元就の瞳には今、確かに生気が戻っていた。

「なにか、月を見て思い出した事でもあんのかい」

つ、と再び顎をあげて、盃に口をつける。こくりと喉が動いたあと、元就はやはり大きな満月を見据えて、「かつての思い人を、思い出しただけのことよ」と呟いてみせた。その言葉に心底驚き瞼を上げたその先には、いまにも泣き出しそうな、切なげな元就の瞳があった。息が詰まる。

「……思い人…ってえと、あんたらしくねえけどよ…。なんて女だったんだ?」
「まだ十にもならぬ時に会った女子故、名も顔もとうに忘れたわ」
「なんでえ、まだ餓鬼の頃の話じゃねえか」
「そうよな…生死すらもわからぬ」
「でも、忘れられないんだろ?」
「…ああ」
「…好きだったんだろう?」
「……ああ」

ぽつりぽつりと紡がれてゆく言葉の断片を上手に拾って、元就の話に聞き入った。話をきけば、やっと剣を持ち始めた幼い子供の頃、父の知り合いが海の向こうから連れてきた少女なのだという。

「ただ唯一覚えておるのは、短く切られた真っ白な髪と、そこに差された艶やかな椿の花のみ」

その時初めて元就はこちらに向き合って、「…例えれば、貴様のような真っ白な色よ」と言って目を細めた。気がつけばこてりと肩に元就の頭が置かれていた。その行為に驚き、一瞬息を飲む。瞬間、すぐ隣の元就からの酒の匂いが鼻を刺した。かなり酔っているようだった。

「…お、おい毛利」
「……今は、じっとしておれ」

その少女の面影を元親の真っ白な髪色でみたのか、それとも真っ赤な彼岸花でみたのか。どちらにせよ、はやく告げなければならない。その昔話とやらを語る番がきたら、告げなければならない。


(その少女は、自分なのだと)


月の光をめいっぱい受けて、元就の横顔が照らされた。長い睫毛で綺麗に縁取られた瞳から朝露のような滴がほろりほろりと落ちたのは、今だけなら見逃してやれる。脳裏に染みついた過去の記憶に真っ赤な色をつけるべく、元親は口を開いた。


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企画サイト「海馬」さま提出。
お題:色のついた記憶

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