『貴音』のときの私は自分勝手で、意地が悪くて、本音を隠すような、つかみどころのないやつで。そんな私が遥に自分の気持ちを伝えることも出来るはずもなく最後にはあの様だ。私はもう、あんな失敗はしたくない。素直になるって決めたから。それからというもの、ご主人に対して私は本能の赴くままにいじって、いじって。私は天真爛漫な『エネ』を演じて、過去の自分とは決別したはずなのに、コノハの前ではどうしても『エネ』という仮面を無効化され『貴音』としての私が出る。やっぱり私は何一つあの頃から変わっていなかった。















「…エネ、なんか元気ない…?」




いつもは鈍感なくせにこっちが気づいてほしくないときばかり、コイツは敏感だ。眉を八の字にして心配そうに私の顔を覗きこんでくる。





「え…あ、まぁ。ちょっと昔のことを思い出していただけです」





大丈夫だ、と嘘をついても良かったかもしれないが考えてることが顔に出てしまう性格のため、それは止めた。





「…昔、か」





コノハは記憶がない。だから、昔、と言われてもピンとこないのだろう。相変わらず無表情だから何を考えてるかよくわからないけれど。





「…昔、好きな人がいたんです」





目を閉じてみればあの頃の思い出が鮮明に浮かび上がる。本当に彼が大好きだった。初恋だった。私に初めての、知らない感情をいっぱい教えてくれた人。


――ねえ、遥。私、やっぱり…あんたを忘れるなんて無理だよ


息を少し吸って気持ちを落ち着かせる。泣いちゃダメだから。『エネ』は泣かない子、だから。





「……エネは本当にその人のことが好きだったんだね」





「そう…ですね。結局、私はその人に言わなかったですけどね」





正確には『言えなかった』だけれど。でも、考えてみれば私があの場で病気によって倒れなくて『貴音』の体を失わずに遥のいる病院まで走って告白したか。答えはNO.だ。きっと直前に怖じけついて、また今度言えばいいや、と先送りにして、結局、言えなかったに決まっている。所詮、私なんて、人間なんてそんなものだ。





「その人とは今はどうなの…?」





コノハにしてはやけにこの話題に食いつく。私から一回も目をそらさず、私の話を眠ることなく真剣に聞いている。





「…私にもよくわかりません。今さら、この気持ちを言ったって意味なんてないですし…フラれるがオチに決まってますしね」





自分で言って泣きたくなった。目が変な感じするし、喉は痛いし、声は震えるし、あと少ししたら本当に泣いてしまいそうだ。





「自分の気持ちを伝えるのは無意味じゃないと思う。フラれる、フラれないとかじゃなくて伝えることに意味があるんだよ……たぶん」





全く、妙に締まらないとこが遥にそっくりだ。でも、なんだか元気が出た気がする。我ながら単純だ。





「…コノハ。ううん…遥、言いたいことがあるの」





目をそらさずに言うんだ。私の本当の気持ちを。





――遥、大好き――





この勇気はあなたがくれた


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