桃とメルヘン、そしてわたし








――あ

カノはピタリと歩みを止めた。
任務帰りに何の気なしに立ち寄ったデパートでぶらぶらしていた彼の右手には、真新しい食器類の入った紙袋が揺れている。同居中の小さな少女がつい最近割ったものを新調したのだ。
これだけでも結構な重みがある紙袋をちらりと見て、そしてカノはまた視線を右側に寄越した。

視線の先、雑多な人混みで賑わう通路の向こう側に見たそれは、磁力で引き付けたようにカノの目を奪って。
出口へと向かっていた足先はいつの間にやら方向を変えた。



****



モモは今日も元気に笑っていた。

「団長さん、」
「…なんだキサラギ」
「占い…、心理テストしませんか?」
「は?」

貰ったんです、と大きな瞳が輝いて、鞄から出された本にキドは眉根を寄せた。

『絶対に幸せを呼ぶ未来への架け橋〜あなたの心理状態から、恋愛・仕事・その他諸々、今後上手くいく方法をズバリ!百発百中の天才"予言者"、MIRAIが予言します!〜』

「胡散臭い…」

長ったらしいタイトルも、こちらを斜め45度のキメ顔で見るやたら長い睫毛も、盛りに盛った姫ロールと呼ばれるであろうキャバ嬢顔負けの髪型も、やたら滅多とフリルやらレースやらを重ねたピンクのドレスちっくな服も、何故か差している傘(実用性皆無なほどにふりふりである)も、とにかくキドにはばかばかしく見えた。
しかしモモは笑顔で続ける。

「この人のうらな、…じゃなくて、心理テスト、すっごい当たるんですよ!テレビでも有名になってて、この本だってベストセラーで売り切れの本屋さんだってあるくらいで、」
「有り得ないな」
「ほんとですもん!」

騙されたと思ってやってみて下さい、と了承を得るまでもなくモモはトビラを開いた。そしてキドに押し付ける。

「私これからお仕事なんで、やって結果教えて下さいね!」
「はぁ!?」
「じゃあ団長さん失礼しましたー!」

言いたいことだけ言い残して、ばたばたとせわしく出て行ったモモに、キドはため息を吐いた。

「どうすんだ、これ…」

彼女の手の中、こちらをビシッと指差すどぎついピンクと目があって、反射的に逸らしてしまう。ため息。

――すっごい当たるんですよ!

「……まあ、暇だしな…」

趣味の悪いとしか言いようのない置き土産に眉間がひきつるのをどうにかこらえて、キドは表紙を見ないようにしながら開いた。




****




「ただいまー」

大小二つの紙袋を手にカノは帰宅した。
そのうちのひとつ、大きい方の紙袋にはいくつかの食器が入っているため、当然慎重に扱わなければならない。

普段よりいささかゆっくりと歩く彼は、小さい方の紙袋を見やって、それから返事がこないことに気が付いた。

「キド?」

ソファーを見れば少女が座っている。そしてなにやら雑誌を捲る音がぱらりと聞こえて、カノは得心したとばかりに苦笑いを浮かべた。
ソファーで読書するとき、キドの耳は音楽に占拠されているのだ。
当然、カノにとってそれは面白くないので、重かった紙袋を置きそろりそろりと少女に近付いていき、

「だーれだっ!」
「ぅにゃあ!?」

後ろから、キドの視界を両のてのひらで奪った。もちろん手を回す途中でイヤホンを取り去るのも忘れない。カノはしてやったりと内心ほくそ笑んだ。

「おいカノ!」
「ねー、なに読んでんの?」
「いや別に、…って見るなバカ!」
「あっ…ぶな!」

カノが上から覗き込もうと顔を肩口に寄せると、キドは慌てて雑誌を閉じ、カノの顔目掛けて拳を振り上げる。
なんとか回避したものの、カノの額には冷や汗が浮いた。

「まったくお前は…!」

怒りからか赤らんだ顔がカノを振り向く。その目を見たカノは即座に両手を上げてホールドアップ。

「ごめんごめん、いやほんともう見ないから、まじで」
「……ふん」

くる、とまた前を向いて雑誌を開くキド。カノはいつものように彼女の隣に座ろうとしたものの、ふと考えてキドの向かいに腰掛けた。
隣からだと紙面が見えてしまうのだ。

(表紙を見るかぎり、普段のやつじゃないんだよねー)

内容に興味が沸かないでもないが、貴重なふたりきりという状況を険悪な雰囲気にするほどのものではない。
イヤホンを着けるのも忘れているところからして、わりと真剣に読んでいるらしかった。

(…暇だなあ)

隣に置いた小さい紙袋を見てため息を吐く。さてこれをどうしよう、とカノは頭を回した。

(後回しにしたら絶対渡せないし、かといって今すぐっていうのもどうなんだろう)キドは集中している。
その顔をぼんやりと見つめながら、さて彼女の邪魔をするとなるとはばかられた。

リビングに降りる沈黙。

(…キドが読み終わるのを待とう)

かちこちとあちらこちらから響く針の音を聞きながら、カノはキドを見つめた。秒針は彼を急かすようにかちこちとよく回る。

そうして、どれほど経っただろうか。
不意にキドが顔を上げた。

「おい」
「?」

じろり、と睨む瞳にカノは首を傾げ、はぁ、とキドは息を吐いた。

「じろじろ見るな、集中できないだろ」

ぱたん、と閉じられた雑誌。
キドはそれを机に置くと、不機嫌そうな顔でカノに向き直った。

「で、何の用だ?」
「えっ…なんで分かったの?」「あのなぁ…、」

そんだけガン見されたら猿でも分かるさ。
そう言ってキドはカノに話を促した。

――そうやって、気付いてくれるところとか、やっぱりキドは優しいよね。

カノは口を開くかわりに小さい紙袋を見せ、そして中身を取り出すと、キドに差し出した。

「はい、これあげる」

その紙袋は、とあるデパート内にある最近出来たばかりの雑貨屋の物だ。
今度はキドがぱちくりと目をしばたたいた。

「…これは、」
「今日食器買って、デパートうろついてたら新しい店があってね。冷やかすだけのつもりだったんだけどそれが目に留まっちゃったものだから、」
「なんで、俺に…」
「気にいるかなと思って。…どう?」

つけてあげる、と半ば強引にカノは、雑誌にやったままのキドの左手を引っ張った。そしてそのまま彼女の左手首にそれを通す。

「あ……、ありがと」
「どーいたしまして」

俯きがちのキドの頬が、左手首に光るものと同じ色に染まっているのを見て、カノは嬉しそうに微笑んだ。



“☆…月…日の山羊座の運勢☆

あなたはこの日、嵐に遭います。しかしそれはよい風をもたらし、あなたに新たな可能性を示すでしょう。
そして、この日はあなたの恋愛状況を表します。あなたの恋人もしくは想い人からプレゼントがあれば、それは相手から好意を寄せられている証拠です。また、プレゼントされたものがアクセサリーなど身につけるものなら相手はあなたを「手放したくない」と、時計や置物など目につくものならあなたに「見ていてほしい」と思っています。また、レッドやピンクなどの赤味の色なら深い愛情を、オレンジやイエローの黄味の色なら深い信頼を、グリーンやブルーなど緑味または青味の色なら深い安らぎを、パープルやブラック、ゴールド、シルバーなど大人びた色なら深い情愛と愛欲を、相手はそれぞれあなたへ抱いています。
ただ、相手にきちんと感謝を伝えないと愛が逃げてしまいますので、態度にはどうかお気をつけて。”

    〜〜『絶対に幸せを呼ぶ未来への架け橋〜あなたの心理状態から、恋愛・仕事・その他諸々、今後上手くいく方法をズバリ!百発百中の天才"予言者"、MIRAIが予言します!〜』より抜粋〜〜




(な、なあキサラギ、あの雑誌の今月号は…)
(ありますけど、……あっれー団長さん、どうしたんですかそのかわいいブレスは?)
(っ! べ、別に何でもない!!)





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