「じゃっ。行ってくるっす」
緑のつなぎの青年がにこりと笑った。
その後ろにくっついて、ふるふると震える白髪の少女。
「マリー。大丈夫っす。」
『俺がいるっすよ』
なんて彼が笑うと、『マリー』と呼ばれた少女は彼を見上げ、こくりと一つ頷いた。
「セト。ゆっく〜りして来ていいからね」
2人を見送りに出す、黒いフードを被った青年。
その青年が、意味ありげにニコリと笑う。
「…どういう意味っすかそれ」
『セト』と呼ばれた青年は、はぁと一つ溜め息をついて苦笑した。
2人が玄関の扉を開け、外に出る。
その背中を見送った後、黒のパーカーの青年は隣に立つ、藤色のフードの少女に顔を向けた。
「どうする?」
2人っきりだよ。
君に伝われ!
「だからどうした。」
少女がくるりと踵を返す。
答えた声は素っ気なかった。
「えぇっ?!」
『だから、2人きりなんだってば!』
焦った声でそう言いながら、彼は必死に廊下を戻る少女の後を追っ掛ける。
「2人きりですよぉ」
『なんかもっと、こうさぁ…』
リビングに戻った後も状況は変わらず、少女がiPodで音楽を聴く横で、青年は尚も訴え続けた。
両足をソファーに乗せ、軽く胡座をかいて座る青年。
少女は静かに、イヤホンを外した。
「カノ…」
『靴でソファーに上がるな』
青年が慌てて足を地に降ろす。
少女はまた、イヤホンを耳に嵌め何事も無かったかのように、音楽を聴いた。
「ねぇ…音楽じゃなくてさ…」
『僕と遊んでよ』
不満そうな表情で、『カノ』と呼ばれた青年は、隣に座る少女『キド』に言う。
「ねぇってば!」
音楽に負けないように、カノは声を大きく彼女に訴えた。
キドは少しムッとし、パーカーのポケットよりiPodの本体を取り出し音量を上げる。
「ねぇ!」
カノが声を出せば、キドは音量を上げ…
気付けば彼女の耳に嵌めたイヤホンからは、何の曲を聴いているのか分かるくらい、音洩れしていた。
「ねぇえってばぁ!」
「うるっせぇ!!」
意地になって叫んだカノに、とうとうキドは限界に達する。
イヤホンを外して怒鳴った後、カノの頭を思い切り殴り付けた。
ゴッという鈍い音。
カノは声にならない悲鳴を上げ、その場に蹲り身体を小刻みに震わせる。
その様子にすっきりした彼女は、そっとiPodの音量を元に戻した。
「酷いよ…」
呟きを聞こえないフリをしていたキドが、ふと何かに気付く。
「あ。お米炊けた」
その声にカノが耳を澄ませると、確かに炊飯器が『ピピピ』と音をたてていた。
あれは聴こえるんだ…
カノは疑うような目で、キドを見遣る。
その視線に目もくれず、キドはiPodの電源を切ると、イヤホンを外し、スルスルと本体に巻き付けポケットに仕舞った。
席を立ち、キッチンに向かう彼女を目で追い、カノはぷくっと頬を膨らませる。
なんだよ…もうちょっとくらいさ…
そう思ってしまう頭をぶんぶんと横にフリ、カノはそっと一人握り拳を作り胸の前で掲げた。
大丈夫!
今きっと、キドはそういう気分じゃないだけだ!
「もう少ししたらきっと…」
そう、淡い期待を口にし、一人自分を慰める。