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織り姫と彦星が会えるとかいう
炎天下の中、俺は隣の男に聞こえるようにちっ、と舌打ちをした。なんでこうなった。暑いし、歩きづらいし、恥ずかしいし、それもこれも全て隣にいる馬鹿のせいだ。
「暑い…なんだこの人ごみ…あー、死ぬ」
「キド、あんなに雑誌の七夕特集を熱心に見つめてたじゃん」
カノが暑さも気にせず、ニコニコと笑って俺の腕を掴む。なんでそんなこと知ってんだよ。別に行きたかったわけじゃなかった。ただ羨ましいと思っただけなのに…。
「…放せって」
「なんで?」
カノは不思議そうに首を傾げつつもその腕は決して離さない。暑さのせいで汗がダラダラと絶え間なく流れるし、浴衣が汗で濡れてるかもしれない、もしかしたら汗臭いかもしれない。
「あー、汗を気にしてるの?大丈夫だよ。キド、スプレーとか使ってたじゃん。汗で濡れたってキドの浴衣、黒だし…透けないよ?」
その面も配慮して僕が浴衣を選んだし、キドの下着を見ていいのは僕だけだからね、と笑うカノに呆れたような冷めたような視線を送りつつ巾着袋からハンカチを取り出す。
「それでもやっぱ、気にすんだろ…首の後ろとかヤバいし」
風が吹くたびに首が汗のせいかひんやりするし、これは絶対に汗でヤバいことになってるに違いない。
「んー?いや…あれだね…」
カノが歩くスピードを緩め、俺の後ろ姿を…主に首筋に視線を寄越す。
「な、なんだよ…」
「少し汗ばんだうなじってエロくて…いいねぇ〜」
ニヤニヤと笑ってジーッと俺の首筋を舐め回すように観察するカノはまるで若い子を邪な目で見るおじさんそのものでつい寒気がした。
「変態め」
「誉め言葉なのになぁ〜」
カノは少し足を早めてお互いの肩がくっつく程近づいて歩く。慣れない下駄を履いて歩いている俺の歩調に合わせるようにカノはゆっくりと歩く。そのさりげない優しさに胸が温かくなる。彼のこういう気遣いにはいつも助けられてるし、やっぱ好きだなぁ、と思う。
「あ、かき氷だ!僕、買ってくるからキドはそこで待っててね!」
「いや、俺も行くって…」
彼ばっかに頼っているわけにはいかない。
「キド、足痛いでしょ?僕に任せてよ」
バレていたか…、やはりコイツに隠し事なんて一生出来ないだろうな。わかった、と素直に頷けば、カノは器用に人混みを抜け、かき氷を売っている屋台へと走っていった。
「そこのおねーさーん」
人の邪魔にならないように端の方でカノを待っているといきなり二人組の若い男に声をかけられた。真っ昼間から酒を呑んでいるようで酒臭いし、ウザったい。しびれを切らした男が俺の手首を掴んできたがそれはすぐにカノの手によって解けた。
「僕の彼女に何か用ですか?」
怖いぐらいの完璧なカノの笑顔に男がたじろぎ、そのうち人混みへと逃げて行った。
「キド、ゴメンね」
カノが口を開いたかと思えば出てきた言葉は謝罪の言葉だった。
「お前が謝る必要ないだろ」
現に今、彼に助けられたのだし。彼に謝られる理由などない。
「キドは可愛いし、しかも浴衣着てるし…おまけにこういう場所は浮かれている男がいるし…」
「かかか可愛くないっ!あーもう、お前は過保護すぎんだよ」
「えー、キド可愛いしー…お兄ちゃん心配だなぁ〜」
「誰がお兄ちゃんだ、誰が…ていうか、かき氷」
「あ、うん」
カノから渡されたかき氷はこの暑さの中だと光輝いている様に見えた。
「でもいちごシロップが良かった…」
「どれも同じ味だよ」
そう言われると何も言い返せない。黙ってかき氷を口に運んでいるとカノの手にはかき氷が無いことに気づいた。
「お前、自分の分買ってないのかよ…脱水症状で死ぬぞ」
「いや、僕は大丈夫だよ?」
カノはそう言いつつも額の汗を隠せておらずとても暑そうだった。本人は欺いているつもりなのかもしれないがこっちから見たらバレバレだ。俺は無言でストローで自分のかき氷をカノの口に近づけるとカノは目を輝かせながらぱくっと美味しそうに食べた。
「ん、美味しいね。300円の価値はあるね」
「さ、300円って…これが、か…。高くないか…?」
家で作ったら一杯100円すらしないようなものなのに。屋台恐るべし。
「いいじゃん、せっかくのお祭りなんだし…あ、短冊にお願い事を書こうよ!」
カノが指差した先にはたくさんの人が短冊に願い事を書いては結びつけている。
「…いや、短冊が100円って…」
あり得ない。カノは気にしてないのか短冊二枚を既に買っていた。もう仕方ない。祭りだし…別にいいだろう、と自分に言い聞かせる。
「なに書こう…」
たくさんの願い事が頭を駆け回るが一つだけじゃないと願いが叶わない気がする。
「そうだ…」
マジックペンで書いたあと、カノに短冊を見られないように素早く結びつける。カノも結びつけたあと、やはり願い事を訊いてきた。
「…言いたくない」
「えー、なーんでー!あ、じゃあさ!じゃあさ!僕の願い事を教えてあげるからキドも教えてよ!」
「そういうの無し」
「えー!?」
カノが不服そうに唇を尖らせながらぶーぶー文句を言ってきたがそれを無視して空を見上げた。空は既に真っ暗で月と星だけが輝いていた。田舎だったらもう少し綺麗に見えるのかもしれない。
「あ!」
隣のカノが何かを見つけて声をあげた。
「どうした?」
「見て。織り姫と彦星だよ」
カノが欺いていない自然の笑顔で星に向かって指を指す。七夕の日に見れるなんて結構レアではないだろうか。
「…カノとずっと一緒にいられますように」
短冊に書いたあの願い事を星に向かって小さく呟いた。
「…ずっと一緒にいるよ」
カノが俺の願いに応えるように言った。繋いだ手は温かくて二度と離れたくない、とそう思った。
あとがき…
大変お待たせしましたー!!
色々あって七夕の日に全く間に合わなかった…汗
カノさんはさりげない気遣いが出来る男だよね!!