数分も経たないうちに、ショルダーバッグを肩に引っ掛けたポチがドタドタと足音を立てながらレジの方向から戻ってきた。
相当急いだのか、少しだけ乱れた呼吸を整えるように一度大きく深呼吸をする。
「ふぅ…お待たせしました」
「お前、急にバイト切り上げていいのかよ」
キラキラと瞳を輝かせているポチとは対照的に冷めた口調でそう言い放つと、一瞬だけキョトンとしてからすぐに笑顔になる。
「大丈夫ですよ。ここの店長、高校のときの先輩なんで」
得意げにそう言うものの、俺には、なんでそれが大丈夫ということに繋がるのかがわからない。
そう思って、小首を傾げて考えようとしたのも束の間、いきなりポチに手を繋がれて引っ張られてしまって思わず足が縺れる。
その結果転びそうになっている俺のことなんか気にも留めずに、そのまま歩き出した。
「おい、離せって」
「俺のアパート、ここから近いですから」
そんなの知ったこっちゃない。
俺はただ、大の大人である男二人が手を繋いで外を歩くということが恥ずかしくて堪らないだけだ。
繋がれた手を必死で振り払おうとするけど、強い力で握り込まれているからそれも敵わない。
とりあえず、今は俯き加減で歩きながら一刻も早くポチの家へ着くことを祈りながらこの羞恥を耐えることしか出来ないらしい。
「あれから一週間くらいしか経ってないですけど、髪伸びましたね」
一瞬だけ俺を一瞥したポチがはにかみながらそう言う。
「え?あぁ、うん。なんか俺、昔っから髪伸びんの早いんだよ」
握り締められている右手はそのままに、空いている左手で自分の髪の毛を一束摘んで答えた。
「鳴海さん、直毛ですもんね」
「え?直毛だと伸びんの早いの?」
「直毛だと早いっつーか、人間って基本的に髪の毛伸びるペースは一緒なんすよ」
俺の方は見ないまま淡々と説明し始めるポチ。
相変わらず人の手をギュッと握ったままで歩く早さは変わらない。
「けど、鳴海さんみたいに直毛だと髪が真っ直ぐ下に伸びていくんで、早く伸びてるように見えるんです」
「へぇ、エロいからとかだと思ってた」
「…鳴海さん、エロいんですか?」
悪戯っ子のような、意地の悪そうな、そんななんとも形容し難い表情で聞いてくるポチの背中を軽く殴って「エロくねぇよ」と口を尖らせて答える。
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