「…くだらねぇ話すんなよ」
幸福の頬っぺたを思いっきり抓っていた手を離すと同時にそう呟く。その千秋の言葉に小さく頷いた。
「あ!」
ふと、後ろからそんな声が聞こえてきて俺も千秋も反射的に振り返る。
なんとなく振り返る前からあいつなんじゃないか、って思いながら振り返ったら、やっぱりそこにいた。
「鳴海さんっ!」
相変わらず締まりのない笑顔を浮かべたポチが近付いて来る。
日本人とは思えないような髪の色に、派手なTシャツとダメージジーンズというラフな恰好。その首からは、緑色の紐で繋がったカードがぶら下がっていた。
「あ、これ?」
そんなにジッと見てでもいたのだろうか。
首からぶら下がったカードを両手で小さく持ち上げて、俺と千秋に見せてくれる。
「俺、ここでバイトしてるんですよ」
「…そうなんだ」
「もし良かったら、俺が見立てましょうか?」
ヘラヘラと脳天気にそう問い掛けてくるポチ。
そんなポチの姿に、段々と千秋の機嫌が芳しいものではなくなっていくのがありありと伝わってきた。
それもそうか。
さっきのファーストフードでの会話で、ポチと付き合っているのを快く思っていないのがわかったし、しかも、九条と微妙に険悪になったし。
多分千秋にとっては面白くないことだらけだろう。
「いや、今帰るとこだったから」
今は、なんとしても千秋とポチを遠ざけたい。
苦笑いを零しながらそう告げると目に見えてしょげるポチ。そんな姿が無性に可愛く思えて、無意識に口角が上がった。
「……幸福」
「ん?なんだよ千秋」
「悪ィ。俺、ちょっと用事思い出したから帰るな」
「え、急になんだよ」
「ごめんな、また連絡すっから!」
右手を顔の前で立てて申し訳ないというようなジェスチャーをすると、そのまま店から出て行ってしまった。
あまりにも唐突すぎる千秋の態度の変わり具合についていけない。
キョトンとしたままの俺とポチの間に、数秒という短いようで長い時間が流れた。
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