一直線にその服屋へと進んで行く千秋の一歩後ろをついて歩く幸福。
店内へ入ると、服の独特な匂いが鼻を刺激してきた。なんの曲かは思い出せないが、聞いたことのあるような音楽が流れていて、ベースの音が心臓に響く。
「千秋はさ、彼女とかいないの?」
「はぁ?」
未だぎくしゃくした雰囲気を変える為に、Tシャツを手に取って見ていた千秋にそう問いかけてみた。
俺の急な質問に千秋は呆れたように口をポカンと開いて眉根を寄せる。そんな千秋の顔は、相変わらず柄が悪い。
「なんで?」
「いや…なんとなく。お前、俺にはなんだかんだ言ってくるけど、俺はお前のそういう話聞いたことないし」
「まぁ、言わないしな」
「で、いんの?彼女」
興味津々で千秋に問いかける俺とは対照的に冷めた目で俺を一瞥する。
それから手にあったTシャツを見た目に反して綺麗に畳みながら、わざとらしく溜息を洩らした。
「いたら、折角の休日にお前なんかといねぇっつの」
「うわ、ひでぇ」
千秋の言葉に、思わず笑いが零れた。
先ほどまでのぎすぎすした空気から一変、いつもみたいに二人で他愛もない会話を繰り広げる。
「出来たら、一番に幸福に言うよ」
「…え?」
「彼女。出来たらお前に報告するって」
少しだけ照れたように目線を逸らしてそう呟く。
鼻の頭を指先で軽く掻いてから、今度は幸福の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「ちょ、なにすんだよ」
「…ユキみたいにフラフラしてる奴放って彼女なんか作ってらんねぇしな」
千秋のその台詞が嬉しいような複雑なような…そんななんとも言えない気持ちが込み上げてきた。
それと同時に、千秋みたいないい奴が彼女を作らないのが自分のせいなのかと思うと申し訳なくてだらしなく眉が垂れ下がる。
「…バカ千秋」
「悪態吐く意味わかんねぇよ」
「いや、なんとなく」
照れ隠しに悪態を吐くことしか出来ない自分に嫌気がさすけれど、ジロリと睨みつけてきた千秋に頬っぺたを抓られて照れ隠しどころではなくなった。
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