千秋と九条のせいで、この場にそぐわない険悪なムードが漂う。
未だに火花を散らしたままの千秋と九条を交互に見遣ると、その目線に気付いた九条がニコリと笑顔を向けてきた。

「まぁ、沢は本気みたいだからさ。それだけは覚えといてよ」

諭すように言う九条の台詞に、言葉が出てこない。
何を言えばいいか悩んでいると、九条に鋭い目線を送った千秋がガタリと音を立てて不愉快そうに立ち上がる。千秋の急な行動に俺も九条もキョトンとするしかなかった。

「幸福の事情も知らねぇ癖に勝手なことばっか言ってんじゃねぇよ」

もはやゴミと化したコップや包み紙の乗ったトレーを乱暴に持つと、今度は俺に目を向けてきた。

「幸福、行くぞ」
「え?あ、ちょっと…千秋!」

二の腕を掴まれ無理矢理引っ張られて、あれよあれよという間に外へ連れ出される。
外に出る直前、チラリと九条に目線を向けると、なんだか口元が歪んでいて笑っているようにも見えた。

「鳴海さんの事情、ね」

そう呟いた九条の言葉は、遠く離れた俺の耳には届かない。


「ちょ、千秋っ!イタっ、痛い」
「あ、ごめん」

がっしりと掴まれていた二の腕を離してもらう。
今まで止められていた血液が回っている感覚がして、少し腕が痺れた。

まさか、千秋があんな風にキレるなんて…。

「ありがとな、千秋」
「幸福……ユキ、このまま試しに付き合ってても、傷付くのはお前だからな」

ユキ…千秋にそう呼ばれるのはいつぶりだろうか。
怒気を含んだ千秋の言葉が胸に突き刺さる。



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