「沢!」
前を歩いていた九条が大声を出す。
コソコソと小声で話していた俺たちは、九条の大声に思わず肩を震わせた。
「沢、黙れ」
まるで鶴の一声。
九条にそう言われただけでポチはしょんぼりしたように黙り込む。
なんとなく奇妙な関係の二人の背中を見つつそのまま歩き続けて行くと、やっと玄関らしきでっかい扉。
なんの躊躇いもなしに九条が扉を開くと、テレビでしか見たことのない燕尾服に身を包んだ、俺より年下らしき男に一礼された。
釣られて俺もお辞儀をする。
「こっち」
相変わらず淡々としたままの九条は、俺の行動を一瞥してから足早に目的の部屋へと歩みを進めた。
「うわ…廊下広っ」
「鳴海さん、緊張してる?」
「まぁ、ちょっと」
だだっ広い廊下の感想を漏らすと、またしてもポチが俺の顔を覗き込んで心配そうに見てくる。
自分の心臓の辺りに手を置くと、いつもより早く鳴っている気がした。
「着いた」
一つのドアの前に立って、一言だけ呟く九条。
なんだかすごく緊張してしまっていた俺は、ゴクリと喉を鳴らす。
九条がゆっくりと扉を開けた。
「じゃ、自由に使っていいから」
「さんきゅー」
中に足を踏み入れると、まるで美容室と間違うかのような道具や椅子がセットされていた。
呆然と突っ立っていると、ポチに部屋の奥へ入るよう促される。
どうやら、いつの間にか九条はどっかに行ってしまったらしい。
「家にこんな部屋あんのかよ」
「金持ちだからねー。さ、座って座って」
素直な感想を言うと、サラリと流された。
そして半ば無理矢理椅子へと座らせられる。
多少恐怖を感じつつも、髪を切って貰うという本来の目的を遂行する為にも、俺は目の前の鏡に映る自分を見据えた。
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