「…大丈夫か?」
「へ?あ、うん。…大丈夫」

急に千秋に声を掛けられて、間抜けな声を出しながら微笑む。
心配そうに顔を覗き込んでくる千秋の視線が痛くて、思わず顔を背けた。

「千秋。…ごめん、帰る」
「無理すんなよ」
「ごめん」
「ばーか。謝んなよ」

又しても、子供にするように髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱してくる千秋。そんな千秋を横目に、乱れた髪を手櫛で整える。

「千秋。また連絡する」
「うん、いつでもしていいからな」
「じゃあ」

小さく手を振って千秋と別れる。
苦笑を浮かべた千秋も手を振ってから駅の方へと行ってしまった。


久しぶりに、嫌なことを思い出した。
由香との思い出。
結婚するつもりだった大切な彼女。

ジワリと汗が滲んだ左手の手の平を眺める。
俺は、何かを握り潰すかのようにその手をギュッと握った。

ふと、尻に振動を感じてポケットに手を突っ込む。
バイブが鳴っている携帯を取り出すと、見たこともない番号だった。
仕事の電話かもしれないと思った俺は、なんの躊躇いもなく通話ボタンを押して携帯を耳へと当てる。

「はい」
『あ、えと!鳴海さん?俺、あの…俺です!』

俺です、って、何かの詐欺かよ。
そんなツッコミを入れたくなるような電話を掛けてきた奴は、声ですぐわかった。



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