ざわついた。 何かよからぬ物が僕のなかをざわつかせる。これは・・・きっとイノセンスの気配だ。こんな不安定はイノセンスは、
「・・・・・やなぎ?」
どこかでやなぎが泣いている気がして彼女を探す足を早めた。やっぱり、いつもの場所だろうか。
今夜は満月だった。
―――――
「やなぎ?」
やっぱりやなぎは月を眺めていた。この前と同じ場所にちょこんと座っていた。またマフラーだけ。僕が名前を呼ぶと彼女は振り返って薄く微笑む。泣いてはいなかった。僕は内心少し安心して近寄り、隣に腰掛けた。
「任務前に風邪なんてひいたら大変ですよ。」
僕のコートをやなぎにかける。
「ありがとう。」
笑っているのに、眉が下がっていて悲しげだ。こういう表情に、弱い。僕は黙ってやなぎの頭を撫でる。できるだけ優しく。
「何かあったんですか。」
「そんな風に見える?」
やなぎが笑顔を強調して聞き返す。その声は震えていた。いじらしい。頭に置いている手を今すぐ背中に回して抱き締めたい。そうしたら、君は泣けるだろうか?
「やなぎは何かあるとすぐ此処に来るから。」
「そう、かな?」
きっとそうだ。やなぎが入団してまだ馴染めていない時はいつも此処で時間を持て余していた。それを僕がいちばん最初に見つけたんだ。でも僕は誰にも言わなかった。二人だけの秘密、にしておきたかったから。
そうしてやなぎは教団に馴染んでも嫌な事があったら此処に来た。僕はやなぎがいなくなったら、誰にも言わずに此処に迎えに行った。やなぎはありったけの悲しみや苦しみを僕に吐き出した。僕はそれをありったけの包容力を以て受け止めた。そして二人で笑って帰るのだ。 君に告白したのも此処だった。満月で今夜みたいな夜だった。
ずっと好きだったんだ。 ずっとやなぎを見てきたんだ。
だから僕はきっと彼女を誰よりも分かってあげられる。力になってあげられる。そう、思う。
「ヘブラスカの所に行ったんですか?」
一瞬、やなぎの顔から笑顔が消えた。そして下唇を甘く噛んで、薄く笑った。
「なんで分かったの、エスパー?」
「当然です。」
彼女が辛くてここに来るのは大抵ヘブラスカに会いに行った後だった。
「すごいね、アレンは。」
やなぎはそばにあった木片で地面にへったくそなティムキャンピーを描いた。僕はその左右非対称なティムを黙って見つめる。満月がそれを照らした。
「シンクロ率、50%だって。」
ぽつり、やなぎが呟いた。
「すごいじゃないですか!だいぶ上がってきましたね。」
予想外な返答に僕は嬉しくなり、よかったねとやなぎに言った。でもやなぎは違った。
「私、もうこれ以上強くなれないかもしれない。」
やなぎのティムを描く手が止まった。
「弱いんだって。」
地面のティムの上にポタポタ落ちた涙。
「イノセンスの光が」
木片が音をたてて折れた。
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