寒い寒いある日の夜。僕は教壇の廊下を走る。みんなを起こさないように静かに。もう彼女が行きそうな場所はほとんどまわった。あとひとつは、
「・・・見つけた。」
足を止めると床がキュッと鳴った。やっと見つけたあの子、月が掴めそうな程空に近い場所、二人だけの秘密の場所。彼女はちょこんと座って空を眺めていた。マフラーしかしてないじゃないか。風邪っぴきのくせにいつも薄着なんだ。ため息を一つついた後、彼女の隣に足を進める。
「やなぎ。」
振り向いた。頬が赤く、眠そうだった目は僕をとらえた。途端に目を丸く見開いたと思ったら目を細め鈴のような声で僕の名前を呼ぶ。
「アレン。」
目を細めて笑う顔、名前を呼ぶときにできた白い息、耳まで真っ赤になった白い肌も、僕は大好きだ。好きな人を見る時、1秒たりとも見逃したくないのだ。だから僕には彼女のいる世界を見るときはビデオのスロー再生のようだった。
「何してるんですか、こんな所で。」
「月が綺麗だなって」
「冷凍ポークになりたいんですかあなたは。」
「ん?それは私が豚だと言いたいのかな。」
「全く探す身にもなってほしいですね。」
「スルー?」
ふふ、と破顔する。やなぎは不満そうに僕を見るが、気付かないふりをして空を見る。彼女は諦めたようで話を戻す。
「探してくれたの?」
「布団めくったらいなかったので。」
「ふ、不法侵入・・・!っていうか何するつもりだったのさ。」
「ぶつかり稽古の相手してもらおうと思って。」
「それは健全な方の稽古ですよね?」
「そうですそうです。夜のぶつかり稽古です。」
「いや、全然健全じゃないだろ!!それを世間では夜這いというんだよ!」
「まあ、僕はここでも全然構わないんですけどね。」
「ほあっちょっと!!」
彼女を冷たい地面に押し倒す。下から死ね!だの似非紳士!だのケダモノ!だのそんな叫びは全然聞こえない。
「クソもやし!」
「黙りなさい。」
「やっ そんなとこに跡つけないでよ!!」
「しばらくそれ付けて歩いてなさい。」
「ちょ、まじでホントやめて!」
「止めません。」
「イノセンス発「却下。」・・・ぐえっ」
やなぎは自身のイノセンスである拳銃を構えようとするも、僕の爪によって阻止される。首筋に爪が当たれば彼女は急に大人しくなった。
「・・・あははは」
「ふふふ」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「あ!見てアレン月が綺麗だよ!」
「そうですね。」
「全然月みてないじゃん!」
「綺麗ですよ、やなぎ。」
「はっ!?」
やなぎの顔が余計に赤くなる。たまに僕が素直になるとこうなる。やなぎは誉められるといつも無理に顔をしかめる。不安定な口元がそれを物語っている。そういうところがまたツボでもある。
「・・・もうすぐ任務なんでしょ?」
「まだ明日はいるよ?」
「コムイさんに長期だと聞きました。」
「大丈夫だよ〜。もしかして心配なの?」
いたずらな顔で笑う。心配に決まってるじゃないか。彼女だし。それに・・・
「まだシンクロ率だって50きってるんでしょう?」
「まあ・・・ね。」
「パッツンと一緒だし。」
「妬いてんのっいたたたたた、すいません。」
「いいですか。もし、死んだらフルボッコですからね。」
「何その散々な最期。」
「神田が側にいたら迷わず盾にして下さい。」
「どっちみち殺されそうだね!」
「お願いですから、生きて帰ってきて下さい。」
押し倒していたやなぎを抱き起こし、そのまま抱きしめた。やなぎは困惑したもののゆっくり僕に手を回した。
「心配性だなあアレンは。」
そう言ってやなぎは背伸びをして僕にキスをした。唇が離れると彼女は微笑んで空を見上げた。
「月が綺麗だね。」
「ええ。」
月を見て綺麗だねと言ったけど、本当は君しか見えてなかった。
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この月のシーンが書きたくて書いたようなものです。チャットモンチーの歌詞から少しいただいてます。
ちゃんと内容が伝わってるか心配。
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