「えー、ルネサンスの語源は―――」


午後の教室に声が響いている。カーテンの隙間から指す太陽の光で宙に舞う埃がキラキラ光ってた。

聞こえるのはシャーペンをノートに走らせる音、ページをめくる音、外で誰かがボール蹴る音、あともう一つは、

隣で眠る彼の寝息。


きっと私にしか分からないだろうな。教室の片隅、窓側いちばん後ろの君の席と、隣の私。あとのみんなは授業に集中しているから。

横髪からのぞく長いまつげ、窓から入る少し冷たい風に揺れる髪。‘綺麗’という言葉がカチッと当てはまるような、どこかの絵画をそのまま切り取ったような、そんな横顔。


―私の彼氏、神田ユウ。
でもそれはみんなに秘密。だって彼は人気者だから(相手にしてないけど)。もし、私たちが付き合ってるなんて知られたら、と思うだけで背筋がひやっとする。だから同じクラスなのに、隣の席なのに、ほとんど喋らない。っていうか二人の時もそんなに喋らない。それってどうなんだ。


なんで私たち付き合ってるんだろ?


一応向こうが好きって言ってくれたのにな〜、あの時のユウヤバかったな〜頬染めちゃってさ、キャッ☆


「おい木村〜そんなに俺の話が面白いか。にやけてるぞ。」

「さーっせんでした。」

「お前それでも女子か。」


女子だもん。あ、ノート取らなきゃ。えーっとルネサンス、ルネサンス・・・


「おい神田ぁ、起きろ〜」


突然先生がユウの名前を呼んだ、寝てるのがバレたらしい(私のせい?)。でも彼はびくともしない。熟睡かコノヤロー。


「ったく・・・しょうがねえなあ。おい木村、起こしてやれ。」

「え、私?」

「そうだ、ゆすってやれ。」


先生アンタ何言ってんだ。渋々ユウをチラリと見る。


「か、神田くん・・・。」


‘神田くん’なんて久しぶりに呼んだ。なんか違和感。でも‘ユウ’なんて呼ぼうものなら学校中の女子の血祭りである。しかも起きないし。もう・・・


「神田くん、起きて。」


そっと彼の肩に触れた。チラホラ‘いいな〜’だの‘羨ましい〜’だの聞こえてくる。クラス中の視線が私の頭、背中、彼に触れている指に集中している、気がする。もう、早く起きてくれ!私の気も知らないで!彼の肩をほんの少しゆすった、ら。クラス中の女子がどよめいた。


ユウが私の手を掴んだ。

「か!神田くん!?」


驚き過ぎて声が裏返る。恥ずかしい!これはヤバい、と掴まれた手を引っ込もうとする。が、寝ぼけているにもかかわらずその力は強くてとてもじゃないが逃げられない。私の熱はどんどん上がっていく。

彼は少し頭を上げて、薄目のまま私を見る。いわゆるロックオン状態。でも寝ぼけてるからそんなに怖くない。いや、むしろ可愛い。ユウの口が微かに動く。何か言いたいのか?と顔を傾けた。


「神田くん?」

離して、て声を潜める。


「ひかり・・・。」


クラスの女子、いや男子も一瞬にして沈黙した。ノートやシャーペンが落ちる音もした。

でもいちばん驚いたのは私だ。なんたって名前で初めて呼ばれたのだから。


「ユ、ウ・・・?」


口から自然と零れた声。教室がどよめく。体が熱くてもうどうかしてしまいそうだ。


「おーい、静かにしろ。神田ぁ、いちゃついてないで問題解けコラ。」


‘いちゃついてる’という表現がイマイチ腑に落ちないが、実際もうどうでもいい。


「ほら、神田くん起きて。」

あと手、離して。と


ユウはふわっと微笑んだ。



そして、寝た。


え、寝るの!?ここにきてまさかの二度寝ですか神田さん!っていうか手!!

本当に、クラスの視線が痛いんだよ。明日から私学校で生きていけないかもしれないんだよ?

キッとユウを睨む。まあ、勿論無意味なのだけど。私はまた静かに寝息をたて始めたユウを見つめる。あんな顔初めて見たよ。

ああ、明日から私はどう生きていこうか。ノートに目を落とし、まだうるさい心音にだんだん酔っていく。本当におかしくなりそうだ。



でも、どうでもいいか。




だって、嬉しかったんだ。

理由を貰った気分で。



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