>> 20.熱のせい

ページをパラパラとめくる音、時計の秒針の音、トラックがすぐそこの道路を通る音、そしてアレンの呼吸の音。たいして広くない部屋には無数の音が溢れていた。この空間に慣れ始めた私はだいぶ落ち着いていた。いつだったか、休憩室でアレンと話したあの小説はもう読み終えてしまった。今読んでいるのは同じ作者の推理小説で、近々映画化することで話題だ。短い小説だけど、とてもおもしろい。

もうすぐ一つの謎が解ける、という時に寝ているはずの人の声が聞こえた。

「その本、映画化されるんですよね」

ハッとしてベッドの方を見ると布団を顔の半分まであげたアレンが私を見ていた。私は「らしいね」と当たり障りのない返答をする。申し訳ないけど今はアレンより謎の真相である。すると彼は物足りなそうな顔をした。何が言いたいんだろう。

「おもしろいらしいですよ」
「へーえ」
「3Dらしいですよ」
「へーえ」
「・・・嘘です」
「へーえ」
「一緒に観に行きませんか」
「へーえ・・・

ってえぇぇええ!?」

え、映画!一緒に!アレンと!?アレンと一緒に映画!?これって、これって、いわゆる、世にいう、俗に言う、



デートじゃん!!



「ひかり・・・聞いてます?」
「うん」
「観たくないですか?」
「観たい、よ?」

アレンのその熱い手が私の手首を握った。私も負けじと熱くなる。


「僕とじゃ、だめ?」

ああ、捨て犬のような瞳ってこういうことだろうか。その空間に‘拾って下さい’的なあの目。私の中の何かが弾けた。

「行かせて頂きます」

気がついたら口から滑り出していた。だって、ああでも言わないとアレンが寝ないような気がしたんだ。

「良かった」

アレンは微笑むと「ありがと、おやすみ」と言って静かに目を閉じた。私の手を握るアレンの手の力がだんだん弱くなってきた。私もそろそろ帰ろうとアレンの手を布団に戻して立ち上がろうとした。


「アッレーン!!見舞いに来てやったぞー!!

ってきゃあぁぁあ!」


嵐(ラビ)は突然やってくる



*****

「やっぱり馬鹿は風邪ひかないんですね」

バイト中、涼しげな顔で私に投げかけた言葉に安心というか、残念というか、なんともまあ複雑な思いが入り混じった。あの後、アレンの風邪がうつっちゃった、てへ☆みたいなベタな展開は起こらなかった。むしろ健康です。悪かったな馬鹿で。
ラビは完全に事の状況を誤解して、あれから何を言ってもニヤニヤ笑って信用してくれない。とても殴りたいんだ、あの緩みきった顔面。

「完治したね」
「おかげさまで」

その歪んだ性格もね、と付け足してやりたかったけども、やめておいた。怖いから。

それよりも、そんなことよりも、私はコイツに聞きたいことがたくさんるんだ。本気かな、あの話。
私は隣でCDを元の棚にもどすアレンのYシャツを控えめに引っ張った。アレンはこっちを向いて笑顔とも、無表情ともとれない顔で「ん?」と首をかしげた。そういう動作一つ一つにいちいち反応する私がいる。

「あ、あのさ。
この前アレンが言ってた映画の話なんだけどさっ」

いつもより少し早口で、小さな声で言った。アレン何か思いついたような顔をして少し笑った。

「なんの話でしたっけ?」
「え!あの先週」
「今、映画の話とかなんとかって言いましたよね?僕、熱のせいで全然覚えてなくて、すいません」

全然すいませんなんて顔してない。なんだよ、私だけ覚えてたのか。ちょっと期待してたのに。そう思うと急に恥ずかしくなってきて、自分の中が沸騰しているみたいに熱くなった。もう、自分だけ。恥ずかしい。

私は下を向いた。
沈黙がすとん、と居座る。


それも束の間、
沈黙はすぐに破られる。


「ぷっ ふははは!

ごめんね、ひかり、ごめん。」

私の頭をぐしゃぐしゃ雑になでた。だから全然ごめんなんて顔してないってば。

「なによ」

そんなに私の失態がおもしろいのかい、と食い下がってやりたい。でも頭に置かれた手が、不思議と私を嬉しくさせる。

「ちょっとからかいすぎた。ひかりがあんな顔するなんと思わなかったから。ごめんごめん、ちゃんと覚えてるよ」

アレンの目尻に涙が浮かんでいた。笑いすぎだこんにゃろ!
私は気持ち悪く緩んだ顔を見せたくなくて、思いつく限りの悪態をついて顔を背けて仕事に集中した。

なんでだかは知らないけど、アレンはその日ずっとご機嫌だった。


2枚組のチケット
休憩室に戻ると映画の前売り券といっしょに待ち合わせの場所と時間の書かれたメモが置いてあった。

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