探偵の日の不在の探偵2



よくわかるあらすじ:今日は探偵の日なのかもしれないが探偵がもうずっといないので探偵の日どころじゃない探偵事務所の怪人と少年の話が続いた。

 見て見ぬふりを決め込むにはあまりに目を引くことを自覚しているところの少年探偵は、あくまでもそれとないふうで、怪人の向かいに座った。ソファに寝転がる顔のない男――いまは探偵の顔をしているが――が、目だけでこちらを気にしているのがわかる。不審がっているのだろう。少年探偵が自分からすすんで近くに寄ってきたこと。寝るんなら事務所のほかでやれと追い出されないこと。物言いたげな、あるいは得意げな顔。少年はそれらすべてに対して自覚的に振る舞った。これ見よがしに、熱々のコーヒーをすする。
「わかるかい」と切り出す。相手がなにか言う前に「僕がいったいぜんたいどこでなにしてきたか、きみ、得意の観察眼でちょっと推理してごらんよ」
「なんでおれが。そういうのはきみの師匠に頼むんだな」
「きみがこの事務所の探偵だろ。嘘でも仮でも、体面上は」
「嘘だし仮だしなりゆきだし、探偵になりたいだなんて少しでもきみに言ったかい、おれは」ぶつぶつと言いつつも、怪人が足で反動をつけてのっそりと身を起こす。長い上背をおっくうそうにソファの背にもたれかからせ、ぼさぼさの縮れ毛を掻き上げる「で、なんだい、モーニングサービスにしてはおれの分のコーヒーがないとは、まったく気がきかないね。そのうえおれに推理だと。推理!」
 怪人は鼻を鳴らしふてぶてしく言った。
「そんなものおれには必要ないね。きみのことならなんだってご存じなのだ。その証拠にほら、その手に持った新聞、今朝のだね。それに朝からそんな元気に働いて。そんなら答えは簡単だ――きみはいっこうに帰ってこない探偵のやつを見捨てて、新聞記者に転向したのだ。かわいそうに、やつもとうとうお払い箱だ。少年記者、少年記者倶楽部、そういうのもお似合いだとも。きみのように可愛らしい記者さんに尋ねられちゃ、おれもうかうかと口を割らないようにしないと」
「言いたいことはそれでぜんぶ?」
「アジトの場所以外はお答えしよう」
「とんだ観察眼だね。すばらしいね」
 少年は頬を膨らませて言った。たしかに今日の少年は吊りズボンにシャツという活動的な格好で、わざわざ今朝一番の新聞を買って事務所へ持ち込んだ。だがだれが転向なんてするものか。少年は少年探偵としての自負と存在をたっぷりに息を吸い、
「仕方ないな。ほら、ごらんよ、ほら」
 そう言って、怪人の眼前へ新聞をひらいて突きつけた。
「……なんだ、これだけか」
 怪人は誌面の向こうで、いかにもつまらなさそうに言った。
「これだけってのはなんだい、失礼な」
 少年はソファとソファの間の机に新聞を置いた。「立派なもんじゃないか」と指さす先には、事件、調査の御依頼の文字とともに探偵事務所の名が書かれている。もちろん、言わずもがな少年が出したのだ。新聞があると思えばあるであろう新聞社へ向けて、ポストを経由して掲載を依頼して、発生したか定かではない事件と特集の下部に構えた広告面に、事務所の広告を掲載してもらうことができた。これは名もない探偵事務所の記念すべき第一広告が載った新聞なのだ。
「たしかに地味だけれども、まずは知ってもらうことから始めないと。依頼人が見つからないんじゃ、いくら待ってても仕方ないじゃない。こういう小さなことが大事なんだよ」
「だとしたって、事前におれに相談すればいいのに。おれはまたてっきり、きみが偽の予告状でも出したのかと」
「偽の予告状って、盗みのだろ。犯罪じゃないか」
「犯罪がなんだ。そのくらいの覚悟を見せないか」
「無茶言うんだから」
 少年は呆れつつコーヒーを一口飲んだ。そんなに言うならきみが自分で予告状を出せばいい、と言わないのは、実際に出されると困るからであるし、知っているからだ。この怪人は挑戦相手の欠けた勝負はやらない。探偵をおびき出す目的で予告状なんて出してみろ、それでもしも探偵が現れなかったら? 少年と半分出来レースのような捕り物をやって、とんとん拍子に犯罪が成功したら、それでも探偵が現れなかったら、それは怪人など戦うまでもない相手と見なしたことにならないか? 探偵はいない、ここにいない。だから実際にどうあれ、現れなかったときにどう解釈するのかは、常に残される側の解釈に委ねられている。つまらない遊びは互いのためにならないと、少年探偵は知っているのだ。
「いいじゃないの」と少年探偵は探偵然として言う。
「依頼人が来ないなら探しに行くまでだもの。きみだってそうだろ。盗みを働くにはまず獲物を探すだろ」
「そうだろうがねえ」
「なんだ」
「きみも悪くなったもんだなと」
「ほっといてよ。僕は元々このくらいだもの」
「タフだってほめたのさ、さすがは探偵、名探偵の愛弟子にしておれのにっくきかたきだとね」






2023/5/21、5月21日は探偵の日!ということで今年もそれとなく続きました。

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