杯は四つ[1/4] 窓のない部屋に木製の丸テーブルが一つ。テーブルの端と端は互いにうんと手を伸ばせば届く距離。白いテーブルクロスの下から覗く足は一本足。 テーブルの中央には濃緑のワインボトルが一本。そしてボトルに密接して、取り囲むようにワイングラスが四つ。いずれも同じ透明のグラスであり、中身は赤黒い液体が八分目辺りまで、きっちりと均等な高さに注がれている。 さて、グラスが四つということは、人間が四人ということであり、椅子もまた四脚あるということである。ゆったりとした背もたれの籐椅子が四脚、ちょうどテーブル越しに向かい合わせになるように置かれ、ここにそれぞれ人物が四人、きちんと腰かけている。 彼らが何者なのかはじきにわかる。ここで特筆すべきは、四人が四人とも、どうも少年らしく見えるということであった。背丈はそれぞれバラバラで、一番年長に見える者でも、顔立ちにはまだあどけなさが残る。みなどちらかといえば可愛らしい、非行にはほど遠い少年だ。彼らを歓待するにあたり、テーブルクロスに赤ワインという取り合わせは、いかにも不釣り合いな取り合わせだった。 「そうだね。誰が企てたかはさておくとして、」 四人の中で一番背が高く、一番年長らしき少年が口火を切った。 「この中で生き残るべきが誰なのかは明白だ。そうだね?」 「そうだね。それだけははっきりしている」 右手側から賛同の頷きがあった。さっきの年長の少年が時計の十二時の位置に座っているとして、彼は三時の位置だ。二番目に背の高く、すらりとした顔に薄く化粧を施した少年。彼は芝居がかった動きで両腕を広げた。 「問題は『どうやって』だ。どうやってこの中から毒ではない一杯を選べばいいのか? それがわからない限り、どうやったって僕らはこの部屋から出られないんだからね」 「でも、毒かどうか調べるだけなら簡単だってことは論証済みだ」 六時の位置の少年が、小鳥のさえずるような可愛らしい声で言った。四人の中でひときわ小柄な少年は、頬杖をついて目だけで全員を見回した。 「グラスの中身を飲んでしまえばいいのさ。四分の一だもの。運が良ければ死なずに済むさ。こんなところにいつまでも留まっているというのも馬鹿げてる」 「そのとおりだ。馬鹿げてるよ、こんなこと」 最後に深刻そうな顔で言ったのは、九時の位置に座る少年だ。四人と比べればこれといって大きな特徴のない、ただの可愛らしいりんごほっぺの美少年。その彼は白いやわらかな顔を苦悩に歪め、全員の顔を順に見回した。 「きみたちは本当にそれでいいのかい? 形は違ってもみんな僕じゃないか。その中で僕だけが生き残るなんて、やっぱり間違ってる気がするよ。きみたちだって、それでいいって納得できてるわけじゃないだろ。一人を残して後の三人が犠牲になるだなんて、そんなの馬鹿げてる。それよりもっと、助けが来るのを待つべきなんじゃないか」 「きみの言いたいことはわかるよ」 そう言ったのはやはり、年長の少年だった。少年というよりも青年と呼ぶのが正しい彼は、その大人びた落ち着きでもって、優しく言い聞かせるように続けた。 「きみの言うとおり、形は違っても僕だからね。きみの苦しみはわかる。だからこそ、僕が『僕』だからこそわかることもある。僕らの中で誰か一人を選ぶとして、それはきっときみなんだ。オリジナルであるきみがいればこそ、僕らはいまこうしているんだから」 「それに、これはみんなで決めたことじゃないか」 後の言葉をついだのは、三時の位置の少年だ。机に肘をついた彼は、その中性的な妖しさでもって、思わせぶりに笑った。 「僕らの中で誰か一人というのなら、それはきみであるべきだ。きみさえ生きていれば、僕らは何度でも生き返る。さながら不死鳥のように! ……なんてね」 「そうそう、どうせいっぺんには存在できないんだから」 当然のように六時の位置の少年が言う、可憐な唇でもって。 「そんなに嫌なら僕がきみになってあげてもいいけど、自分でもわかるだろ? それじゃ駄目なんだって。だって僕は女で、僕はきみだけど『少年』じゃない。他のみんなだってそうさ。僕らの中じゃ、きみが一番オリジナルの『僕』に近い。これは僕ら全員が生き残るための選択なんだ」 「きみの気持ちもわかるよ。だって僕もきみと同じ『僕』だもの」 「大丈夫。僕らもきっと助かるさ」 「先生ならこんなときなんとおっしゃるかな?」 「『面白いこともあるものだね。きみが四人に増えるとは』だな」 「それで『こんなこともあろうかと、人数分の解毒剤と水を調達しておいてよかったよ』だ」 「ははは、先生ならそうおっしゃっても不思議じゃないからね」 「そうとも、きっとみんなお見通しなのさ」 朗らかに笑い合う三人の態度が空元気ではないとわかる分、少年はいっそうの胸の重さを禁じ得なかった。彼らの言うように、自分自身だからこそわかるのだ。四人の中で誰か一人を選ぶなら、それは自分になるだろう。だが一方でこうも思う。一人だけ生き残ったとして、自分にその任が務まるのか? その任――自分が何者であるのかを思い出す、世に思い出させるというその任を。むしろそれは他の誰かでも、いっそ他の誰かのほうが、より時代にふさわしいのではないか。時代に合った誰かが生き残れば、その彼が自分たちともども引っ張り上げて――思い出させてくれるのではないか? 唾を飲み込む。 三時の少年の後方、すなわち九時の少年から見た正面の扉。 取っ手もなにもない、白い壁とほとんど同化するように備え付けられた、この部屋で唯一の扉。取っ手もなければノブもない。にもかかわらずそれが扉とわかるのは、四角い輪郭がうっすらとへこんでいること。加えて下方右端に丸い金属片がはめ込まれ、それがどうも鍵穴らしいこと。そしてなによりも、目線の高さに貼られた白いカード。 ――わざわざ鍵の形を模したそれには、次のような文言が記されていた。 『グラスは四つ。一つは薬で三つは毒。』 『ひとりひとつ、かならず飲み干すこと。』 赤い文字。それもまるで割れたガラスの先で引っ掻いたように神経質な細かい文字で書かれたそれは、遠目にも不気味なものだった。 |