探偵の日の不在の探偵 よくわかるあらすじ: 今日は探偵の日なのかもしれないが探偵がもうずっといないので探偵の日どころじゃない探偵事務所の怪人と少年。 「聞いた話じゃ、探偵の日ってのがあるそうじゃないか」 と入ってきた足取りのまま、ソファの背を手でギシギシ鳴らして怪人が言う。 「ね、今日がその日だって聞いたらどうする。やっぱりお祝いでもするかい」 「別にどうもしやしませんよ」 とソファの少年はそっけなく答える。 「そんなの誰かが勝手に決めた記念日でしょう。僕らがお祭り騒ぎするのは、それこそお門違いだよ」 「へん。案外そんなもんか。淡白だねぇ」 「お誕生日ってんじゃないんだから当然でしょう」 少年はさっきから開いた本からいっさい視線を上げない。それに普段から折り目正しいこの少年には珍しく、日の高いうちから事務所のソファに寝っ転がっているときた。 「もっとも、先生のお誕生日も知らない僕に言われたんじゃ、説得力がないだろうけども」 重ねてこの自嘲気味なセリフだ。 怪人はソファの背に肘を引っかけ、少年をのぞきこんだ。 「なんだいきみ、なんだか今日は馬鹿にとげとげしているねぇ」 「とげとげなんてしてないよ」 「いいや、やさぐれてる」 「やさぐれてない」 「アッ、わかったぞ!」 怪人がにわかに声を張った。 「きさまは口では『先生だけが探偵だなんて言うわけじゃないけども』なんて言いながら、やっぱり心の底ではあの探偵以外の探偵を認めちゃいないのだ。あの探偵以外の探偵をたたえる気なんてさらさらないのだ。あの探偵抜きで『探偵の日』などと言ってのけるのが許せないのだ。……ねえどうだい、なかなかの名推理じゃないか?」 「……わかったようなこと言うんだから」 「チンピラ小僧め。親分がいなくてしょげかえってら」 「なにッ」 少年は息まいて顔を上げる。が、すぐ鼻っぱしに白い壁が突き付けられていたので、思わず勢いを殺されてしまった。白い壁、箱だ、発泡スチロールでできた保存箱だ。実はさっきから少年の頭上にゆらゆらと揺らされていたのだが、少年のほうでは見向きもしないので知らなかったのだ。箱の側面には、ペンギンが氷の上でサンバの衣装を身につけている貼り紙に、判別不明な言語で何やら――と、言葉を継ぐ前に、箱が少年の腹へ落とされた。衝撃で箱の中のものがごろごろと転がる感触がある。 「ははは、おどろいているねぇ。かしこいきみのことだから、箱を開けなくたってなにが入っているかおわかりだろう。ここでぼーっとすごしていていいのかい。冷蔵庫へ走ったほうがいいんじゃないかい」 怪人はソファの背からだらりと下げた腕にあごをのせ、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべている――他ならぬ、ここにいない探偵の顔で。 だから顔を見たくなかったのだ。探偵の日などと言って、この場所に探偵はいないというのに、それなのにここは探偵事務所で、探偵の顔をしたものがすみついている。 「きみがこういうことをするとはね。アイスクリームだなんて。まあ、これなら長持ちするだろうから、先生が帰ってくるまで保管しておけるかしら」 「おや、やつにじゃないさ、きみにだよ」 怪人は目をまんまるくして、すぐにまた細めた。 「探偵は探偵。きみだって仮にも探偵と名のつくものなんだから」 そうだろう、少年探偵、と。 他ならぬ宿敵は探偵の顔でそう言った。 |