目にて語る





 では話して聞かせよう。
 これは僕の知り合いの話だ。高校のクラスメイトでね。
 彼のことは仮に『Tくん』とでもしようか。

 Tくんは所謂「視える人」なんだ。霊や妖怪が視えてしまう。彼自身が望もうが望むまいがにかかわらずね。小さいころから視えるのだと話していた。彼の生まれがお寺だということも関係しているのかもしれないな。
 寺生まれのTくんだ。

 もっとも、彼自身は「視える」ことを別段、誇りにしているでもなかった。むしろない方が生きやすいと考えて、周りには打ち明けないようにしていたね。
 Tくんはとりたてて目立つ生徒でもない。外見はいたって普通だよ。背は僕より2、3cm高いくらいで、髪の短い、ぼうっとした感じのね。霊が視える、なんて言われなければ気付かないだろう。いや、言われても信じないだろうな。彼自身もよく言っていたよ、「話したって誰も信じないから」と。
 ではなぜ僕が知っているか、かい? ……そのあたりの事情はおいそれというやつだ。話せば長くなる。ここはお互いのために、偶然知った、ということにしておこうじゃないか。僕はたまたま彼のことを知った。それでいいね?
 Tくんにまつわる話を、僕は色々と知っているよ。
 そうだね、たとえばこんなことがあった。

 ホームルームが終わった後のことだ。そろそろと帰り支度をしていたTくんが不意に「あ」と声を上げた。小さい声だったが、僕らは席が近くてね、見れば彼は教室の前の方を注視していた。正確には教室の前を、ではなく、一人の男子生徒をだ。
 Tくんはふっと立ち上がり、その男子生徒を引き留めた。男子生徒――そうだね、クラスメイトの郷田くん、だ。――伏せなくていいのかって? いいさ。ジーくんとティーくんなんてややこしいじゃないか。
 話を教室に戻そう。Tくんだ。彼は郷田くんの顔のあたりをまじまじと観察したあと、なにをするかと思えば、後ろをのぞき込むんだ。端から見ていたら不審極まりない。
 郷田くんの方でもなにをされているのか不思議に思って、
「なんかついてるか?」
 と訊くんだが、Tくんは
「ついてるんじゃない?」
 となぜか疑問形で答える。
 彼にしたらあれで答えているつもりなんだ。
「じゃあとってくれ」
「とる?」
 郷田くんに言われて、Tくんは目を丸くした。
 そして小さく
「無理、じゃないかなあ」
 とこぼす。郷田くんの方でも後ろを見回すけど、学ランには別段変わったものはついていない。僕も席から目をやったが特に変わったところは見受けられない。少なくとも、教室の後ろの方から見てわかるようなものはなにも、ね。
 それで僕はピンときたんだ。
「なんかついてるのか?」
 そう訊かれると、Tくんはケロリとして
「あ、やっぱりなんでもない」
 と言い放った。
 郷田くんの方はきょとんとしていたよ。

 僕は帰宅途中のTくんを捕まえて、なにを視たのか尋ねた。
 ……そう、なにがあったのか、ではなく、なにを視たのか、だ。
 Tくんは話渋るでもなく、ただ困ったように僕に言ったよ。
「足をさ、首に、足を巻き付けてるから何事かと思って」
 詳しく聞けばその郷田くんの背中から、ローファーを履いた足が二本、巻き付くように彼の首を固定していたらしい。だからTくんは驚いて郷田くんの後ろに回ったが、なにもなくて首をひねった、と――どうもそういう事情であるらしい。
 なにもない、というのはどういうことなのか?
「幽霊って足がないみたいなイメージが多いけど、足だけってのもいるんだなあ」
 初めて見たかも、と彼は独り合点してうんうん頷いた。

 そう、彼が視たのは幽霊の足だ。「なにもない」とは言葉の通りで、足から上の身体がない、本当に足だけの状態だった、ということに他ならないのさ。
 本人にも教えてあげたらどうだい。僕がそう促すと、彼は「言ったって信じてくれないだろうしなあ」と呟いた。
「視えるだけでなんにもできないから」
 それがTくんの口癖だった。
 Tくんの力はあくまで怪異の姿を視ることであって、祓うものではないんだ。ああ、怪異だ。幽霊や妖怪、時には都市伝説、そういったものはすべて、彼の目の捉えるところなのさ。
 しかしながら彼はそれ以上、立ち入らない、と決めている。
 だから彼は半ば諦めたように言うわけさ、
「背負うくらいなら珍しくないし、楽しそうだったからいいんじゃない」
 と。あえて主語をぼかすような話し方でね。

 さて、そんなことがあった翌日だ。
 教室に入ってきた郷田くんは、足を押さえながら入ってきたよ。
 なんでも登校途中に転んで両膝を擦りむいたらしい。障害になるようなものはなにもない、平坦な道で転んだというので、彼はしきりに首をかしげていた。他のクラスメイトに勧められるまま、郷田くんは保健室へ送られた。
 幸いにも、怪我は軽いものだった。
 処置を受け、ホームルームが始まる前には戻ってきていたよ。
 Tくんは遅れてそのニュースを知った。遅刻寸前で入ってきてね、休み時間になってから郷田くんが足を怪我したと聞いたとき、彼は少しだけ眉をよせた。Tくんは前日に見たものと怪我との関連を考えたはずだ。……しかし最終的には気にしないことを決めた。どうやら両者に因果関係はないと結論付けたようだね。
 なんでもない、と目をつぶることにしたのさ。



 キッタくんっていう人がいてさあ。
 同じクラスの人なんだけど。なんかさっきから話聞いてると、その人のことを思い出すんだよね。きみにその話を聞かせたのって、キッタくんじゃなかった? ……ああ、名前までは聞いてないんだ。でも、キッタくんは目立つ人だから、名前は知らなくても見たらわかるんじゃないかな。この九月からきた転校生なんだけど、そのときも注目の的だったから。
 背が高くて、ショートカットの、目つきがシュッとした美人の、人を食った態度の……そうそうその人。
 なあんだ、じゃあやっぱりキッタくんから聞いてきたんだ。
 あの人、なんか変なこと言ってなかった? さっきの足の話もそうだけど、霊が視えるとか視えないとか……いや、あの人がじゃなくて、オレが。
 その話、別に信じてくれなくてもいいよ。話半分、くらいで聞いてくれればそれで。そのつもりで聞きにきたんじゃないの?
 でも詳しい話を、なんて言われても。どうしようかなあ。
 正直さ、キッタくんが語った方がよっぽど正確で面白いと思うけど。オレはそういうの得意じゃないし、それに忘れっぽいから。

 足は……女の子の足だったよ。ローファーに黒いハイソックスで、わりかし細身で長くて、足だけ見たら美人って感じの。まあ、足だけなんだけど。
 本当に足だけ単品って感じで、ふとももの途中からどっか行っちゃってるんだよね。二本とも、同じ人の足ってのはわかるんだけど、つながってるわけじゃなくてさ。
 それがゴーリキくんの肩にこう、がっと、のしかかってたんだ。肩に膝をかける感じでね。ぱっと見たらゴーリキくんが女子高生を担いで帰ろうとしてるように見えて……足の方もぶらぶらして、楽しそうだったし。それで、別に放っておいても大丈夫だろうと思ったんだ。
 なにかしようと思っても、オレ自身は別になにもできないんだけど。
 ゴーリキくんはラグビー部の堅物とか思われてるけど、あれで結構な足フェチだから、女の子のふとももに挟まれて悪い気はしないんじゃないかなーなんて。

 ……だから次の日にゴーリキくんが足擦りむいてきたって聞いたときは、まさかって思った。足の怪我に足のおばけだから、やっぱり少しは考えるよ。このくらいの怪我は部活で慣れっこだなんてゴーリキくんは笑い飛ばしてたけど、怪我は怪我だし。
 ゴーリキくんの肩にのっかっていた足は姿を消していた。どこかよそへ行ったらしい。だからそれ以上詳しくって言われても、オレの口からはなんとも言えない。言えないんだけど……実はさあ。

 実は、先週もゴーリキくんの両肩にのしかかってて。
 なにがって、足。ハイソックスの、女の子の両足が、肩に。
 そう、また来てたんだ。

 どうしようかと思った。前にあんなことがあったから、また怪我するようなことがあったらさすがに責任感じるよ。責任もなにも、オレは視るだけだから除霊とかできないんだけどさ。放っておくのもなんか……悪いじゃないか。ゴーリキくんって悪いやつじゃなくて。オレが財布忘れて呆然としてたときも、メロンパンおごってくれたりとかしてくれたし。恩返しってわけじゃないけど、見て見ぬふりするのもほら、もやもやするじゃないか。
 だから一応、塩とかかけてみたんだけど。やっぱ、食堂のあじ塩じゃ無理があるよなあ。
 で、ゴーリキくんに不審がられるから仕方なく、引きずりおろすことにしたんだけど。……え? うん。そうだけど。足だったから、両足つかんで。でも暴れるから大変で。それでさ、



 くすぐったら、おちた。


 ……と言うんだよ。面白いだろう? 
 足は地面に着く前に消えてしまったと話していた。重要なのはそこではないと思うんだがね。なにせ彼は事もあろうに怪異の両脚をつかんで、物理的に、除霊しようと試みたんだから。我が儘な子供を相手にしているんじゃないんだよ。よくそんなことができるものだ。
 このことは本人にも指摘してみたが、いっこうに要を得なかった。「女の子の足を触ったのはたしかにまずかったけど、この場合はセクハラにはならないよね……?」なんて聞き返してくる始末だ。
 要するに、当の本人には怪談を語っているという意識すらないんだ。昼間から幽霊の影を追い、人ならざるものを目にし続けている。そんな彼にとって、この一件はあくまで日常の延長線上に過ぎないということだよ。面白いじゃないか。
 一度彼の目で世界を『視て』みたいものだ。



 言うほどいいもんじゃないと思うよ。
 あ、独り言みたいなもんなんだけどさ。おばけが見えたり触れたりって、別にそれができるからってなにもいいことないし、特別なことでもない。たぶん、すごい目が良くて遠くまで見えるとか、跳び箱で十段跳べるとか、そういうのと変わらないと思うんだ。表立ってアピールできるようなもんじゃないってだけで、そう特殊なもんでもないんじゃないかなあ。跳び箱で十段跳べる方がよっぽど格好いいしね。
 ええと、オレから話せるのはこれくらいかな。
 え? 足のおばけはいったいなんだったのかって? さあ……オレはそういうの詳しくないから。キッタくんにでも聞けば詳しく教えてくれるんじゃないかな。あの人そういうの得意だから。そりゃもう詳しいのなんの。歩く妖怪大百科みたいなもんだよ。



 Tくんにはすでに話しているが、足だけの幽霊というのもないわけではない。
 有名なものでは「トコトコ」という都市伝説がいてね、これは身体の下半分だけの怪異なんだ。足だけでトコトコと歩き回る、だから「トコトコ」というんだろうね。
 「テケテケ」という上半身だけの怪異を知っているかい? こっちはトコトコよりよほど知名度があるから、知らないかな。そうかい、残念だ。テケテケは事故で下半身を失ってしまったため、上半身だけで這って「足をくれ」と人を襲う怪異なんだよ。
 テケテケは上半身だけの怪異、一方トコトコは下半身だけの怪異。二つを合わせたら一人分の人体、というわけだ。
 加えて、足音だけの怪異というのも存在するが――これはどうだろう。足だけの幽霊の範疇に加えてよいものだろうか? むしろポルターガイストといった怪現象に含めた方がいい気もするが――君はどう思う?



 でも足だけのおばけってのは初めてだったかも。足がないとか、透けてるのとかはよく見かけるけど、足だけってのはなあ。上半身はどこいったんだろうね。足だけならすっげえ走るの速そうだけど。
 ……怖くないのかって言われても。怖いは怖いけど……どう言ったらいいのかなあ。おばけ、怪異っていうの? それ自体は、別にそんなに珍しくないっていうか。正直、意識してなかったらあんまり気にならないし。
 だってきみの後ろのだって……あ、


 ……なんでもない。




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