全く理解出来ないよ!
アメリカは人好きのする笑顔を浮かべながら目の前のシンプルな木目の机をひっくり返したい衝動に駆られた。
日本は今何と言った?

「ん?」

きょとんと小首を傾げてもう一度言うように催促する。日本はそれに嫌な顔こそしなかったが、恥じらいからもじもじと身をよじらせると言いにくそうに目を伏せた。長い睫毛が頬に影をつくる。あぁ最悪だ。こんな態度をとられるくらいならば嫌な顔をされる方がましだとアメリカは微塵も顔に出さずに思った。

「…わ、私…イギリスさんが好きなんです」

最後の方はほとんど声になっていなかったがきちんとアメリカには聞こえていた。アメリカは一度金色の睫毛を瞬かせると、時が止まったかのように動かなくなった。
日本は恥ずかしさからまともに目を合わせられず、その漆黒の瞳を湯呑みへと向けていたが、いつまでも沈黙が続くのでその空気の重さに耐え切れず様子を伺うように上目遣いにアメリカを見た。
日本と視線が交わった途端スイッチを入れたように動き出したアメリカは目を見開かせて笑ってみせた。それに日本がほっと一息をつく。

「本当かい?あんなののどこかいいかのかまったく分からないけど応援するんだぞ!」

一息に言った。引き攣る顔をごまかすように大きな手振りをつけてアメリカは偽の気持ちを日本に伝えた。

「ありがとうございます。貴方に協力してもらえると心強いです」

いつものポーカーフェイスを取り払ってはにかんで笑う日本にアメリカの胸が高揚した。
日本はかわいいなぁ!ほんとにあんな眉毛のどこがいいんだろうか。あぁ、苛々する。俺の方がずっと傍にいるのに。俺の方がずっと君を守ってやれるのに。日本はまったく見る目がない。心配しないで。俺がちゃんと導いてあげる。今までだってそうしてきただろ?
アメリカは笑った。心からの笑顔だった。


*


荒々しい獣のようなキスがアメリカを犯す。ソファに押し倒され腹の上に跨がれるようにしてキスされていたアメリカは離れていく唇をどこか遠目に見ていた。その先でイギリスが熱の篭った瞳でアメリカを見下ろす。アメリカの口の端からはどちらのものともつかない唾液が垂れてテラテラと光っており、それを我慢出来ないとばかりにイギリスは舐めとった。器用に舌を使いわざと卑猥な音をたてる。その姿はさながら餌を貪る飢えた犬を連想させた。イギリスの唾液でべとべとになった口元を不快に思っていると再び口付けられた。

「…あめりかァ」

深いキスの合間合間に興奮した声で舌ったらずにアメリカの名を呼ぶイギリスは狂ったようだった。
じんじん痺れ出した舌がキスの長さに疲れたことを訴えており、アメリカがイギリスの胸を肘で押し返せばようやく舌が解放されたが、まだ足りないのか唇を離す際に名残惜しそうに短いキスをされた。それにアメリカは鬱陶しそうに眉を寄せる。

「気持ち悪いなぁ」

あからさまな嫌悪にもイギリスは嬉しそうに目を細めた。それにもうんざりしたアメリカは情欲に濡れた碧に唾を吐きかけたくなった。
キスをすることは許しても、それ以上をイギリスに許したことはなかった。いつだってイギリスは紳士の皮を脱ぎ捨てて服の上からでもはっきりと分かるくらいに勃たせては、アメリカからお預けを食らっていた。今だってそれは違わない。アメリカを犯したい、ぐちゃぐちゃにしたいといつだってその瞳が訴えている。無理矢理にでもそれをしないのはアメリカの方が力が強いこともさながら、単に嫌われるのが怖いからだと言う。とっくに嫌われているというのに馬鹿な男だ。

「イギリス」

誘うような目つきで下からその碧を覗き込みイギリスの手を取る。普段革手袋を身につけているせいかイギリスの手は白く傷一つなく綺麗なものでその指先一本一本に丁寧に口付けていく。それを見せつけてやればアメリカの行動を不思議そうに目で追っていたイギリスの喉が上下した。気持ち悪い。

「抱かせてあげようか?」
「え?…い、いいのか?」
「いいさ。勿論無料なわけないんだぞ」

アメリカからのこの上ない申し出にどもりながら真偽を確認したイギリスだが、冗談でないことが分かると至極嬉しそうに笑った。

「金か?いくらだ?」
「はぁ?俺がそんな娼婦みたいなことするわけないじゃん」

気を悪くしたらしいアメリカが不機嫌そうにイギリスの手を叩く。イギリス相手に力加減の必要性を感じられないアメリカが有り余る力で容赦なく叩いたものだからみるみる内にイギリスの手の功が赤くなっていく。イギリスはそれさえも笑って受け流し、むしろ愛でるように手の功を撫でた。

「じゃあ何だ?何がいい?」

爛々と輝く碧がアメリカの答えを托す。イギリスは嫌いだが求められることは気分が良い。感情の波が激しいアメリカは不機嫌はどこへ行ったのか今は口元にうっすらと笑みを浮かべ、イギリスの胸倉を掴むと力任せに引き寄せた。バランスを崩したイギリスがアメリカの頭を挟むように肘をついたことで至近距離になったのを、もっと近付けるようにアメリカはイギリスの首に腕を回した。唇と唇がぎりぎり触れ合わない距離だった。

「君にしか出来ないことさ。光栄に思いなよ」

本当に、君なんかには勿体ない。
アメリカは憎らしい目の前の唇に噛み付いた。


*



「イギリスさんに気持ちを伝えてみようと思います」

可笑しくて笑い出しそうだった。それをごまかすようにミルクを入れたばかりのコーヒーを掻き混ぜることに集中した。

「へぇ!君にしては積極的だね!」
「えぇ、年甲斐もなくお恥ずかしい限りです」
「恋愛に年は関係ないだろ?てゆーか君いくつなんだい?」

教える気のないらしい日本は感情の読めない顔でにっこりと笑った。それに肩をすくめて残念だと仕種で伝えたアメリカは砂糖やミルクやらで甘くなったコーヒーを流し込んだ。甘いそれがどろどろと喉を通って流れていく。飲み干され中身のなくなったコーヒーカップの底には溶けきれなかった砂糖が残っていた。

「日本、君は俺の次くらいに魅力的だから大丈夫なんだぞ」
「貴方の次なら世界で二番目ですか?まったく恐れ多いです」
「あー、信じてないのかい?」

茶化すように笑った日本の顔が少し赤くなっていることに気付きアメリカは嬉しそうに笑った。けれどすぐに日本の一番は自分ではなく、元兄であることを思い出しテキサスの奥の瞳の色がくすんだ。

「俺はいつだって日本の味方だから、それだけは忘れないでくれよ」
「ありがとうございます。貴方がいて良かった」

深く頭を下げて感謝の言葉を並べる日本にやめてくれよとアメリカは肩をすくませた。
馬鹿だなぁ、日本は。俺の方がずっとずっとずっと君に会えて、君の傍にいられて良かったんだぞ!
アメリカは込み上げる気持ちのままに体を震わせた。
コーヒーカップの中身が空になっていることに気付いた日本がコーヒーを煎れなおして戻ってきた時、アメリカの顔を見て思い出したかのようにそういえばと言葉を漏らした。

「何だい?」
「アメリカさん最近お忙しいですか?」
「ん?そんなことないけど…どうしてさ?」

遠回しな物言いをする日本の核心部分に触れたくて質問し返す。日本はどうぞとコーヒーカップをアメリカの前に丁寧に置くと「いえ、」と言葉を切った。

「疲れていらっしゃるように見えたので」

悪いことなどしていないのに何故かすみませんと日本が頭を下げた。アメリカは一瞬驚いたように目を丸くさせたものの、すぐにすっかり馴染んだ笑顔を浮かべる。

「あぁ少し運動しすぎたのかもしれないんだぞ」
「あら、ダイエットですか」

感心したように言った日本にアメリカは否定とも肯定ともとれない笑顔を浮かべたまま、コーヒーにミルクを掻き混ぜた。


君をずたずたに傷付けて俺だけのものにする計画のためだよ!








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