小さい頃、することもなく地べたにぺたりと座り込んで雨ばかり降る空を馬鹿みたいに見上げてはずぶ濡れになっていた。たまに太陽が顔を覗かせたその時には日だまりの中にいる心地好さを感じながら人に抱きしめられるというのはこんな風なのだろうかと澄み切った青空に手を伸ばして思いを馳せた。俺を包み込んでくれる優しい青空に触れようと短くて小さな手を伸ばしても伸ばしても空は触らせてはくれなかった。触れないのはまだ俺が小さくて無力だからと思っていた。
大人になった。ロンドンにしては珍しく澄み切った青空で、俺は身についた習慣のように小さい頃と違わず手を伸ばした。背は伸びた。知識もついた。力も蓄えた。けれどあの頃となんら距離は変わっていない。青空が欲しかった。この手の中に閉じ込めてしまいたかった。
名誉ある孤立とはいえ一人孤独だった俺の前にあの子が現れた。あの子は澄み切った青空のような綺麗な瞳をもっていた。
俺は確信した。
青空に手が届いたのだと。
青空に俺を映す度あの子は嬉しそうに瞳を細めた。曇りないそれに心が躍った。誰にも汚されていないそれ。俺だけを求め、俺だけを映すそれ。青空をくり抜いていつも持ち歩いて眺めていたくなるくらいにそれが好きだった。そんなことをすれば可愛いあの子が泣いてしまうから俺は青空ごと抱きしめるだけで我慢した。太陽の匂いと幼子特有の甘い匂いは俺を安心させた。
俺に完全に身を任せたあの子の愛しくて柔らかな首に指を這わせた。人に触られて気分の良いものでは決してない。だがあの子は俺を信用しすぎてる。不思議そうに大きな青空で俺を見つめている。流石は俺の教育の賜物だ。俺はあの子を腕へと抱き寄せ気付かれないように笑みを深くした。その信用をずたずたに踏みにじってやればあの子はその青空にどのように俺を映してくれるだろうか。考えるだけでゾクゾクした。
俺は空を手に入れた。