大きな子供
「あらら、やっぱり腫れちゃったね」

呼び鈴を鳴らして待つこと数秒、涙で目を腫らしたアメリカを迎えてくれたのは大人の顔して笑ったフランスだった。

突然の訪問にも関わらず(といってもアメリカの訪問はいつも突然であったが)、驚きもせず家へ招き入れあろうことかアメリカが来ることはもちろん今の彼の状態さえ分かっていたかのように、リビング内のテーブルの上には氷水が入った袋が用意されていた。
なんて驚くことはない。第一声に掛けられた言葉といいフランスは全て知っていたのだ。ここに来ることも、その理由も、アメリカの頬が腫れることになった経緯も。
彼が事前に連絡を入れた。かつてアメリカの兄の座をめぐってフランスと競い合った眉毛が印象的な彼が。―大方「アメリカと喧嘩した。そっちに行くだろうから悪いが面倒見てやってくれ」とでも言って。元兄に行動を見破られるくらいには自分は単純な生き物らしいとアメリカは自嘲めいた笑みを浮かべようとしたが失敗しておかしな表情になってしまった。フランスから見たそれは今にも泣き出しそうな顔だった。

初めてアメリカはイギリスに殴られた。普段フランスがイギリスに殴られるときの力に比べればはるかに劣るものだったが、アメリカに衝撃を与えるには十分だった。頬を打った渇いた音がアメリカの耳に鮮明に残っている。頬を打たれたとき、一瞬のことで(今まで経験になかったということもあり)アメリカは理解できずただただ見開いた目でイギリスを見ていたが、頬が熱を持ち始め、はっとしたイギリスが最愛を殴った利き手を潰れそうなくらい握りしめ口の動きだけでアメリカの名を呼んだとき、ようやくイギリスに殴られたことを理解した。かつては手を繋ぎ、撫でてもらい、抱きしめて貰ったその手に。
そう思った次の瞬間にはアメリカの視界はぐにゃりと歪んでいた。潤んだスカイブルーは瞬きすると涙が珠となって床に落ちた。驚いたイギリスが何か言う前に、逃げるようにアメリカはその場を飛び出した。

そして今に至る。
イギリスと喧嘩したことも、殴られた理由もフランスは知っている。知っているくせに何も言わない。ただ黙ってアメリカの隣に座っている。それが甘やかされていることだと知って、図体は大きくなっても中身が追いついていけてない大きな子供は再び目尻を熱くさせた。
悲しい。
込み上げてくる感情を、ヒーローが聞いて呆れるとばかりに押さえ付ける。それでも濡れる瞳は「折角の可愛い顔をそんな風に目を腫らして不細工にしちゃうのは勿体ないじゃない。女の子が泣くよ?」と言ったフランスにほぼ強制的に押し付けられた氷水の入った袋で覆って隠した。
それでも大人は気付いたようで、庇護欲に煽られるようにアメリカの金糸に手を伸ばした。細長い指を金糸に絡ませながら、梳くように優しく頭を撫でる。子供扱いはやめてくれよといつもならば軽口を叩いて嫌がったアメリカだが今はそれさえも出来なかった。そうされることで思い出すのは絶対的な保護者であったイギリスで。優しい顔ばかり浮かんで、あんなに優しい人を怒らせてしまったことに心臓が握り潰されるような感覚を覚えた。漏れそうになる嗚咽を必死にかみ砕いて、聞き取るのがやっとの普段のアメリカからは想像もつかないくらい(彼の兄弟を彷彿させる)小さな声で嘆いた。

「痛い」

その時テーブルの上で水がはねた。

「どこが痛いの」

成るべく優しい声でフランスが尋ねれば、昔からよく知る自信に満ち溢れた彼のスカイブルーは今は見る影もなく、ただ縋るように見詰め返してくる。溢れ出す涙は止まることを知らず、端正なラインをなぞって下へと雨を降らす。
意地悪な質問だったよね、ごめんね。
涙の跡を拭うように指を這わせば、子供はいやいやをするように首を横へ振った。

「…たい…いたっ、い、…ぃ…」

大きな体を小さく丸めてしゃくり上げるアメリカがフランスに抱き着いた。超大国の弱々しい背中を痛みを和らげるようにさすってやる。嗚咽に混じって聞こえる、ごめんなさいの言葉と腐れ縁の隣国の名にいたいの治してあげてよ、と死ぬんじゃないのってくらい悲痛な顔して最愛の弟をみつめる遅れて迎えに来た保護者に視線を送った。






当たり前のように不法侵入な眉毛


prev next
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -