彼女は偶像を愛しすぎている その2(木虎)


女子アナの朝は早い。まだ太陽が顔を出さない朝3時に起きて、現場に入る。テレビ局に入社して3年も経ってしまえばこの生活には慣れっこで、時の流れを感じずにはいられない。

4年前にネイバーが街を蹂躙した時、私は就職活動の真っ最中だった。どこの企業の面接でも第一次侵攻についての質問が課題曲のように飛び交った、そんな一年。
マスコミ業界は、こんなことになる以前から志望していた。パニックになって右往左往する住民や、SNSで拡散された確証のない避難情報、放送される頃には役に立たないニュースを目の当たりにして、報道の在り方について何度も向き合いながら、深夜2時までエントリーシートや面接の準備をしたことを、昨日のことのように思い出す。

第一志望のテレビ局は報道記者を目指して受けていたけれど、結局併願で受けていたアナウンサー部に内定をもらって入社した。親戚や地元の友人から「名前ちゃん、テレビで見たよ!かわいかった!」とメッセージをもらうこともよくある一方で、あくまで会社員である私に、社会は何を求めるのだろう。

今日のゲストは今をときめくボーダー隊員・嵐山隊のメンバー三人。見るからにテレビ映えしそうなルックスの嵐山准くんと、まだ少し眠そうな顔をしている時枝充くん。それから、この3人の中で最年少の木虎藍さん。平日の、これから学校も控えているであろう時間帯に少年少女をテレビ局に赴かせるあちらの広報部もなかなかのやり手だと、業界の人間としての血が騒ぐ。現場入りしてから頬が全く動いていない木虎さんに、声を掛けた。
「木虎さん、おはよう。緊張してる?」
「いえ。慣れてますので、お気遣いなく」
彼女は振り返り、端正で凛とした笑顔を見せた。街のポスターやインターネット広告で見かける、いつものあの笑顔。そうだ、彼女は中学3年生といえど立派な社会人のひとりなのだ。普段見かける彼女の表情の裏でどれだけの資金が動いているかだとか、局にボーダー関係者が出入りしているという噂だとか、おとなの事情の視点で彼女を見ていた自分を、目の前の少女によって暴かれた瞬間。目を閉じて軽く、息を吐く。
「そう。今日はよろしくね」
眠れてる?ご飯はちゃんと食べてる?勉強は今後絶対に役に立つから、無理のない範囲で頑張ってね――彼女に掛けようとした言葉は、もしかしたら私自身に必要な言葉なのかもしれない。それらの言葉を飲み込んで、背筋を伸ばし、視線を前に向けた。
「本番入りまーす!さん、にぃ、…...――」
オンエアのランプが、赤く灯った。





筆者あとがき

この度は拙作に目を通していただきありがとうございました。大型連休を利用して、ついにブームに乗ってワートリに手を出すなどしました。
実は昨日単行本の2周目に突入したばかりのひよっこですが、まずこの作品に抱いた印象は「紙面という額縁の中に完璧におさまった、演劇のような漫画」でした。細かな設定や基本的に台詞メインで進む描写が多いこの題目で、一人称で文章を書くことが多い筆者がこの世界に入り込むにはどうすればいいのか。考えた矢先にとりあえず書いてみよう!ということで筆を執った次第であります。
藍ちゃんになりたい女の子の話も女子アナとして間近で藍ちゃんと関わる話も、どちらもテレビという、マスメディアがテーマです(大学でマスメディアについて勉強していたこともあり、親しみのあるテーマから攻めてみました。災害とマスメディアというテーマだと、NHKの「パラレル東京」という番組が深く考えるきっかけになりました)。もしもボーダーが現実世界に存在したら、もしも近界民が侵攻してきたら、まずその情報を正式に得られるのはテレビだろうという考察がベースです。
原作でも、根付さん(メディア対策室長)がいますよね。常に市民に流す情報を吟味したり、最悪の事態を避けるような助言をしたり、裏で走り回っている印象です。メディアというのは大きくなればなるほど面倒で、伝え方一つで多くの人の印象を操作できるという面も存在します。作品内でも、設定はたくさん教えてくれるのに、心情はなかなか見せてくれないところが多い印象です。これもある種の統制であり、演出だと思います。今回は世間はボーダーにどのような印象を抱いているのか という面に重きを置いて、モブ視点で書いてみました。
どちらも木虎ちゃんの描写はほんの一瞬です。それは世間に映るボーダーは、彼らの人生のほんの一部でしかないこと・そして私の中で木虎ちゃんをはじめとする、登場人物がまだ完全に浸透してないことの現れでもあります。まだ謎の多いこの作品ですが、今後も楽しめていけたらと思います!改めて、人生初のWTプラスにお時間をいただき、ありがとうございました。




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