チョコレートホリック(硝)


ワンライ再掲。



チョコレートを食べると恋をした時の同等の幸福感を得られるらしい、という話を聞いたことがある。それでは私のこの、体温が2度上がったような感覚は錯覚なのか、それとも。
「どう?少しは落ち着いた?」
家入先生が心配そうに私の顔を覗き込んだ。先生が入れてくれたココアの温かさが、まだマグ越しに伝わってくる。やめてほしい、これ以上覗き込まないでほしい、でないとこの気持ちがばれてしまうのではないか。家入先生のことで頭がいっぱいで授業中にぼーっとしていて五条先生に保健室に行けと言われただなんて、口が裂けても言えない。家入先生の、少し高そうなシャンプーの香りから逃れるように顔を逸らす。
格好いい、素敵なおとなの女性だと初めて会った時に思った。だけど保健室に用があって足を運んでいくうちに、誰にも言えないような――喩えるならば、誰も知らない、知られたくないような歌を初めて聴いた時のような、そんなときめきをひっそりと自覚するようになったのは、つい最近のことだった。
「先生、」
「ちょっと失礼、」
先生がそっと近付き、襟に触れた。首筋に細い指が当たって、くすぐったさで出そうになる声が洩れないように必死に息を止める。
「少しずれてたから直しておいた。体調は平気そうね。あまり無理しないように」
先生、そうじゃないんです――だなんて、言えない。言ってはいけない。
あなたが気付かせた恋が、あなたなしで育っていくのを、私はこれからどう抱えて生きていけばいいのだろう。私はこのココアの甘ったるさを、きっと一生忘れない。



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