あの日から暫く。
緒方は与えられた仕事以上の事をこなしてくれていて、その甲斐あって商品は着々と完成に近づいていた。
「はあ…」
商品発売間近にして残業が続いている。
他の製品を扱う社員も先ほどまで社内に残っていたが、日が変わってもここに居るのはオレだけだった。
物事が順調に進んでいる。
全てが望んでいたものに近付いている。
けど、実際は緒方の力が大きい。アイツが底面化で支えてくれているから、こんなにスムーズに仕事ができるんだ。
ずっとライバルだと思っていたけど、ここにきて力の差を感じる…。
オレが緒方の立場なら不満たらたらで嫌々仕事をしてたに違いない。けど、あいつはそうじゃなかった。
緒方が頑張れば頑張るほど、オレは自分の無力さを感じずにはいられなかった。
「ダメだ、眠い…」
パソコンの画面と長時間にらめっこしていたせいで目は疲れてるし、ぼーっとする。
目頭を押さえながら立ち上がり、コーヒーでも飲みに行こうとした時、ドンと誰かとぶつかってよろめいた。
「あ、すみませ…」
「大丈夫か?」
「緒方…!何でお前…」
緒方はコンビニのレジ袋をデスクの上に置いて、袋から缶コーヒーを取り出すと一本オレに手渡した。
「俺も今まで開発の方にいた。電気がついていたから寄ってみたらお前がまだいたから…」
「あ、そうなんだ。悪いな…」
無音の部屋に緒方と二人。
普段、意見を言い合う事が多いオレ達は二人になる事は良くある事だが、こんな風に一緒に居るのは初めてのような気がする。
「順調に進んでるな…」
緒方がぽつりと言う。
「ああ…」
本当にそうなんだ。問題なく進んでる。
(でも…)
何か、腑に落ちない。
「……」
「……」
お互い、何を話す訳でもないのに何故か動こうとしなくて、手持ち無沙汰に缶コーヒーをくるくると回す。
その時、緒方が徐に口を開いた。
「なあ、前から気になってたんだが…何でそんな顔をするんだ?」
「え?」
「この話が決まった時もそうだった。お前の意見が通ってるのに、何故そんな不満げな顔をするんだ」
「……」
顔に出てるのか…。
無自覚にそんな顔をしていたなんて、自分の気持ちに余裕がない証拠だ。
自分でも、何でこんな気持ちになってるのか分からない。
緒方が簡単に仕事をこなせばこなすほど、オレはどんどん力の差を感じて苦しくなる。
単なる我儘だっていうのも分かってるんだ。
でも――
「お前が簡単に意見を変えるような真似をしたからだろ…!」
言うつもりがなかった事を口にしてしまい、慌てて口元を手の平で押さえる。
「…あの時は、別にそれで構わないと思った。それにあれ以上話していても無駄な時間だったしな」
「無駄な時間って言うなら、最初からオレの意見に合わせてればよかったじゃねぇか!」
「俺は自分の仕事をしてるだけだ。それに、この状況はお前が望んだものではないのか?」
「そうだよ!望んでた事だよ!でも、違うんだ…オレはお前の事をライバルだと思ってるから――」
「ライバル…?」
緒方の眉間が一気に寄り、思わず言葉に詰まってしまった。
「俺は、お前の事をライバルだと思った事はない」
――ズンと…重く響いた。
一瞬、思考が止まり、心の中でガラガラと何かが崩れるような感覚がした。
「そうかよ…」
もらった缶コーヒーのタブを引き中身を一気に流し込む。
「ごちそうさま」
「おい、藍屋!」
空になった缶をデスクの上に置くと、椅子に掛けていたスーツの上着と荷物を手に取り、緒方を見る事なく会社を後にした。