ホストクラブ短編 | ナノ



碧羽


――十年。

決して楽ではなかったけど今となっては、あっという間の十年だった。

「若菜さん、今年も来てくれたんですね…」

暑い日差しが照りつける中、声を掛けてきた女性は、日傘もささずに花を持って丁寧にお辞儀をする。俺も同じように頭を下げ、碧羽を見た。

「暑いですね…」

「ふふ…碧羽も暑い暑いって騒いでそう」

女性は手桶に入った水を柄杓で救うと、それを優しく優しく…墓石にかけた。

「碧羽、今年も若菜さんが来てくれたわよ」

女性――碧羽のお母さんは、碧羽が“存在しているよう”に話しかける。
毎年この姿を見る度に、お母さんの背中が小さくなっているようで少し切なくなる…。

「若菜さん…」

比良坂家の文字を見つめながら、碧羽のお母さんはぽつりと言った。

「今年で十年です。去年も言いましたが、もう…」

「はい、お気持ちだけ…」

去年も、その前の年も、碧羽のお母さんに言われた…「もうここには来なくて良いです」と。それは純粋に俺の事を心配しての事だと言ってくれた。
碧羽のお母さんは俺達の関係を知っていて、そう言ってくれてる。

「どうか、ご自分の幸せを考えてください…」

「俺は充実した生活を送っていますよ。不幸ではないです…迷惑でなければ碧羽の傍にいさせてください」

「そう…ですか」

前に碧羽のお母さんが言っていた。
息子の事を思うと忘れずにいてくれて嬉しい、でも貴方の事を思うとつなぎとめるのは苦しいと。

「若菜さん…本当に、どうも、ありがとう…っ…この子を大事に思ってくれて、ありがとう」

決して消える事はない辛さは、時間が少しだけ和らげてくれた。
それでも毎年、この時期になると瞳の奥がジンと熱くなるのは、碧羽の存在を感じているからなのかもしれない。







碧羽は生涯、俺に本当の事を言わずにいた。
それは、自分の病気が俺が思っている以上に深刻であった事…。

高校を卒業して間もなく、碧羽は先立ってしまった。
最後に見た碧羽の顔はあの時、林の中で眠っていたものと同じく安らかなものだった。
あの時は目を覚まさないんじゃないかと思っていたのに、その時に見た碧羽はいつ目を開けても可笑しくないくらい綺麗だった…。


碧羽は五年後の俺に手紙を送っていた。
アイツらしいロマンチックな思考。驚いたしイタズラだとも思ったが『碧羽』の文字に、色んな碧羽の顔が浮かんで涙が溢れて止まらなくなった。

――おい、若菜って!

――バカなだなぁ。オレは元気だけが取り柄みたいなもんなのに

――どうしてオレ達、出会った頃からこうして仲良くしてなかったのかな?

――オレ、お前がいないと嫌だよ…っ


いつも笑って元気に走り回って、そこに碧羽が居るだけで幸せだった。


――彬光、オレと結婚して

――オレね、もう走れないんだって。スポーツとか今までみたいにできなくなっちゃったよ…


本当はあの時、感じたんだ。
やせ細ってる碧羽を見て、触れて、もしかしたら…って。
碧羽を見ないと不安になる気持ちは、もしかしたらこの事だったんじゃないかって…。


――残りの人生オレと一緒にいて…


自分が長くない事を知っていたんだろう。そう気付いた時どうして何もできなかったのかと後悔する事しかできなかった。
それでも俺と過ごす事を選んでくれた。それは碧羽にとって辛い選択だったのかもしれないと、今でも思う。

思えばあの日…あの林に向かう白い物は、お前が俺を連れてきたんじゃないかって思うんだ。俺があの場についた時には碧羽は寝ていたし、そんなはずはないんだけど不思議とお前と一緒になる運命だったように思う。

馬鹿げてるだろう?

でも…これが神様のイタズラなら碧羽と過ごせた時間をくれた事に感謝するべきなのに、時々恨まずにいられない時がある。
そういう時は、碧羽に会えたことで今の俺があるのだと思うようにしているんだ。

碧羽と過ごした時間は無駄だったなんて思いたくないから。


縋れるものがあるなら、何にでも縋っていただろう。
しかし、あの当時俺ができた事は何もなかった。

弱っていく碧羽の前で、笑っている事も上手くできなかったんだから…。

現実は厳しい。どんなに悲しんでも、願っても届かない事ばかりだ。
医者にかかれば金がいる。その金は稼がなければ手に入らない。
悲しんで涙を流す暇もなかったのは、俺よりも碧羽の両親だっただろう。

十年経って大人と言われる今になっても、まだ納得できないし分からないことばかりだ。
それでも碧羽をが俺を強くしてくれたから、こうして過ごせてる。

出会ったを後悔しなかったと言ったら嘘になる。
お前を失ったんだ…当然だろう。

でも幸せだった…。

一生こんな気持ちになれないくらい、幸せだったよ。





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