峰岸に渡された懐中電灯を手に取ってみたが、必要ないくらい今夜は明るかった。
空を見上げると雲一つなく丸い月が林の中を照らしてくれる。
それでも昼間とは違って一歩一歩足場を確認するように、奥へと進んでいった。
(本当に碧羽がここに?)
今になってどうして?
何か、あの場所じゃないと言えない事でもあるんだろうか。
もしそうなら、ボクはどんな心構えをしたら良いんだろう。
色んな事を頭の中で考えながら、いつもの広場に出た。
「いた…」
無意識に声に出てしまった。
そこには碧羽が立っていて、ここで会った日と同じように碧羽の金髪は月明かりで白く見えた事に一瞬息が詰まった。
…消えてしまいそうに見えたから。
「彬光、待ってたよ」
「どうしたんだ、突然…峰岸がここに来るようにって…」
「うん、オレが涼に頼んだんだ」
碧羽がゆっくりとボクに近付いてくる。
目の前に立った碧羽は元気そうなのにやっぱり以前に比べて痩せているように見えて、何故か胸が痛んだ。
「彬光…まだ、オレの事好き?」
一体何の話だ…そう戸惑いながらも、今目の前にいる碧羽の様子に期待してしまう。
いつもそう、碧羽を好きになった理由もこの期待してしまいそうな行動からだった。
「その聞き方、ズルくない?」
「はは、そうだよな…オレさ、彬光が告白してくれてからずっと考えてたんだ」
「?」
「オレの夢って、結婚だって言ったじゃん?今もその気持ちはある訳でさ…」
そこまで言うと碧羽は、片膝を地面につけてボクの左手をとった。
その姿はおとぎ話の王子様のようだ。
「彬光、オレと結婚して」
「はっ?」
何の冗談だと言い掛けたが、碧羽の表情が至極真面目な事にただ驚くことしかできない。そんなボクを、ジッと見つめてくる碧羽は本気なんだと思った。
「碧羽、ボク達は結婚できないよ?」
「知ってる。でも、どんなに考えてもオレには彬光しかいないんだ…」
「碧羽…」
「本当はあの時、受け入れたかったんだけどできなかった…」
「どうして…」
碧羽は膝を付くのが疲れたのか掴んでいたボクの手を引いて、一緒に地面に座るように促す。ボクが座ると碧羽は弱々しくボクの肩に頭を寄せて、ぽつぽつと話始めた。
「オレね、もう走れないんだって」
「……」
「走ると息が上がって、眩暈がするんだ。夏くらいから何度か倒れてさ、スポーツとか今までみたいにできなくなっちゃったよ…。あ、でも無理しなければ大丈夫だから」
やっぱりボクの見間違いではなかった。
時々見かけた碧羽は前のように走っていなかったから…。
「告白された時も、何となく今の症状があって…迷惑かけたくなかったんだよね」
「そんな…」
『そんな事で――』と言い掛けた。
でもそれは余りにも碧羽の事を分かってない発言のように思えて口を閉ざす。
「ここね、昔は教会があったんだって。それを親父に聞いた事あってさ、何となく思い出して来たのが彬光とここで会った日だった」
「……」
「だから、ここでプロポーズしたんだよ。どんな形でもお前の傍にいたいから…」
「ふっ…案外ロマンチストなんだな」
「そうだよ、オレの事なんだと思ってんの」
むぅ、と拗ねた顔をする碧羽は仲の良かったあの頃と何も変わらなくて、嬉しいのと幸せなのでマジマジと見つめてしまう。
その内、見られてる事に恥ずかしくなってきたのか、碧羽が顔を逸らそうとしたから手の平で頬を押さえた。
「大事な人だよ…凄く」
「彬光…」
初めて重ねた唇はとても冷たくて、温めるように角度を変えて何度も何度も口付ける。
抱き寄せた体はまるで女の子のように細く、力を入れると折れてしまいそうで少し怖かった。それでも加減できたか分からないくらい、夢中で碧羽を求めた…。
「へへ…これで夫婦かな」
「そうだな」
「森の小さな教会で〜結婚式をあげました〜」
「何それ…」
「はぁ!?知らねぇの?やばいって、それやばいって」
「良く分かんないけど、ムード台無しだな」
でも、これが碧羽の照れ隠しだって分かる。
碧羽はこういう奴だ。
「ね…キスしよ」
「うっ…彬光、お前意外とエロイな」
「どれだけ待ったと思ってるの。それに、もう夫婦なんだろ」
「そ、そうだな…」
よしこい、と相変わらずムードの欠片もないけど、最高に幸せで今夜の事は恐らく一生忘れる事はないと思った。
「彬光、お前が幸せになる為にオレが必要なら、ずっと傍にいるから…」
「本当か?」
「うん…だから、残りの人生オレと一緒にいて…」
「いいよ…ずっと一緒にいよう――」
キスをすると、碧羽は何故か泣いた…。