一か月、二ヶ月…半年が過ぎ、あっという間に秋になった。
同級生は受験勉強で忙しそうだ。
ボクは一年、二年と良かった成績がここにきて下がったのもあって、希望していた大学を諦めた。まだ時間はあるし必死になれば受かる事も夢じゃないだろう。でも今のボクにはそれをする気力がなく親も半分諦めていた。
碧羽は夏休みを過ぎた辺りから学校に来る機会が減り、見る度少し痩せているように見えた。あんなに毎日が楽しそうだったのに、時々見かける碧羽の顔はいつも疲れていて、元気な声もサッカーをしてる姿も見なくなった。
それはボクと碧羽が疎遠になってしまったから。
もう、以前のように話をしたり遊んだりできないのもあって、碧羽を見ないようにしていた。
そうさせたのは全てボクのせい。
ボクが碧羽を好きになってしまったから…。
こんな事なら、無理してでも碧羽の傍にいればよかったと何度後悔したか分からない。
でもきっと、あの時気持ちを告げていなければ、後になっても同じことだったと思う。
だから、後悔しないように、自分が決めた選択が間違いじゃなかったと思えるように日々を過ごすだけだ。
(辛い…)
気が緩むと、涙が出そうだ。
それから暫く経った頃。
夕飯を食べ終え部屋に入ると、ちょうど着信があった。相手は峰岸で無視してやろうかとも思ったが、あまりのしつこさに観念して着信をとった。
『よお、何してんの?』
「寝る所」
『ええ!?早くねぇ?まだ19時だけど?』
「何の用だよ…」
『お前さ、話しする度に冷たくなってねぇ?そんなにオレの事好きなんだ?』
「おやすみ」
『ああ、待った、待った!今からさ、ちょっと外出てこねぇ?』
行かない、と言い掛けた所でドドド、というバイクのエンジン音が聞こえてきた。
まさかと思い窓を開けてみると、バイクに跨った峰岸がまだ通話中の携帯を持ちながら軽く手を振ってきた。
「おまっ…何てもん乗ってきてんだ」
『ああ?ちゃんと免許持ってるって』
「そういう問題じゃ――」
『待ってっから』
それだけ言うと通話が切れてしまった。
(どういうつもりだよ)
峰岸とは碧羽の事があってからも奴が時々ボクに茶々入れたりはしてきたが、元はそんなに親しくない。寧ろ苦手だ。
その峰岸が突然バイクなんかでやってきて、一体どういうつもりなんだろう。
住宅街にこのエンジン音は確実に迷惑になると分かってての行動なんだろうか。だとしたら奴は益々侮れない上に、ボクの事を良く分かってる行動だと思わずにいられなかった。
ただ電話で呼ばれただけじゃ、絶対に外には出なかったから…。
「ったく。来てやったんだ、要件を言え」
「まあまあ、とりあえず後ろ乗って。ほら、メットかぶれよ」
何故、人生初バイクが峰岸の後ろでなくてはいけないのか…。
この時は後ろに乗る事も、しがみ付かなきゃいけない事も嫌で仕方なかったけど、すぐに峰岸がボクを呼び出した理由が分かって感謝する事になる。
「何で学校?」
バイクで連れてこられたのは夜の学校で、訳が分からないまま下ろされた。
「ほい、コレ持ってけ」
そう言って渡されたのは懐中電灯とか非常食とか、これから山登りでもするのか?というくらいリュックに沢山何やら入っていて眉間だけが深くなる。
今まではケラケラ笑ったり茶化したり…真面目な顔をしてきた峰岸だけど、ボクの様子に初めて呆れた顔を向けてきた。
「まだ分からないのか?」
「何が」
「碧羽が待ってるんだよ。お前らしか知らねぇ場所があんだろ?」
「え…何で…?」
「んなこたぁ、自分で聞いて来いよ!オレは忙しいんだ、これから弟と遊んでやんなきゃいけねぇからよ」
「へ?あ…そうなんだ。面倒見いいんだな」
「ふっ…まあな。ああそうだ、アイツ虫とか嫌いだしなんか捕まえて帰るかな」
「前言撤回。最低だな…」
「うっせ、アイツの可愛さはオレにしか分からねぇんだよ」
「その内、嫌われても知らないからな」
はいはい、と聞き流す峰岸にムッとするも、すぐにボクは次の言葉を口にした。
「ありがとう」
峰岸は鼻で笑うと、バイクに跨りキックアームに足をかけると軽く踏み込んだ。
「あのさー」
エンジン音の中でも聞き取れる大きな声で峰岸が言う。
「オレお前の事、結構好きだよ」
それだけ、と夜の学校にボクを残し峰岸はバイクを走らせた。
この時は「何言ってるんだ?」くらいにしか思わなかったが、その言葉は峰岸が今までボクに対して言ってきた発言は、全て悪気があった訳ではない事を教えてくれるのに十分だった。
今にして思えば、碧羽と峰岸は似ている面が多々あったように思う。
喋り方やおどけた態度、そういう所が似ている。
だから時々、峰岸を見ていると“この時期”の事を思い出すんだ。
それは、今になっても言えない事だけど…。