そして三十分後、湊はとんでもない事をしでかした。
「きゃああ!」
女性の声と共に、ガシャンと激しくグラスが割れる音が店内に響いた。
ビックリしてその場に目を向けると、そこには頭から水浸しの世莉がいて髪からは雫がぽたぽたと落ちている。
拳を握りわなわなと震わせているその姿に、ここに居る誰もが「ヤバイ」と思った。
「何があったの?」
慌ただしく動き回るキャストに聞いてみる。
「湊がふざけてグラス零したんですよ」
「なるほど…」
どうやったら世莉を水浸しにできるのか疑問だが、その世莉はお客様の前だから我慢してるのが目に見えて分かる。
(ああ、大変だ)
極力床を汚さないようにこっちに向かってくる世莉に、慌ててその場にある未使用のタオルを持って駆け寄った。
「大丈夫か?」
「アイツ、マジぶん殴るッ!ぜってぇ許さねぇ!!」
「とりあえず着替えろ。ああ、髪が酒でベタベタだな」
世莉はプライドが高い上に几帳面だから、こういうのは屈辱なんだろう。
何とか宥めつつ更衣室に連れて行き、手元のタオルを渡してやった。
「これで体拭け、っていうか…早退するか?」
「冗談じゃない!お客さん待たせてるのに、早退なんて!」
世莉は仕事に真面目だ。いつも一生懸命でそういう所は見習うべきだと日々感じている。
だが、こういう時くらい甘えても良いのではないかと思うのは、俺が世莉に惚れているからだろうか。
「着替えはあるか?」
「あります…」
「じゃあ、俺は戻るから何かあったら呼んで」
とてもじゃないが世莉の裸を見て正気でいられる気がしない俺は、そそくさと更衣室を後にする。
(頭ん中じゃいつも裸なんだけどな…)
そんな事を思いながら持ち場に戻ろうとした途端、ガチャリと更衣室のドアが開いて、視界に入った世莉の姿に悲鳴が出そうになった。
「すみません、スーツ濡れちゃったんで袋か何かもらえますか?」
「うっ…ああ、持ってくるよ!」
上半身裸…別に男同士が見ても何の問題もない姿だが、俺には十分すぎるほど強烈な格好だった。
普段から世莉の着替えは視界に入らないように気を付けてるのに、こういう不意打ちは正直キツイものがある。
(うわ、うわっ!)
想像してたよりずっと細い。色も白いし、凄く綺麗だった…。
カァッと熱くなる顔をぶんぶんと振って何とか気を落ち着かせようとするけど、暫くは頭から離れてくれそうにない。
「はあぁ〜…」
それでも仕事に戻らなきゃいけないと深く息を吐いて歩き出した時、今度は湊とバッタリ会った。
「あの、世莉さんは?」
「あ、ああ、世莉は着替え中だよ」
「そうっすか…って、日下さん顔赤いっすよ?」
「えっ!?そ、そう?」
分かってる事を言われて慌てて顔を逸らすと、湊はクスリと笑ってとんでもない事を言った。
「あははっ、もしかして世莉さんの裸見て顔赤くしちゃったとか?」
「――っ!」
「え、あ…マジっすか?」
コイツは一体何なんだ。
品もなければ仕事できないし、おまけにふざけた事ばかり言って人を怒らせる。
新人だからと思って、優しくしようとしたのが間違いだった。
「湊ぉ、いい加減にしろよ!!」
「わっ、怒った!」
日頃あまり怒らない俺ですら、湊の手にかかればコレだ。
この新人はある意味大物かもしれない。