「さむい」 「まー、冬やけえの」 「ちがう、こころがさむい」 ブン太は、時々変なことを言う。今のだってそうだ。ついさっきまで朝に録画したらしい特撮モノを観て騒いでいたというのに。終わった途端これ。前にも、夏の暑さが一日にして消えて秋の冷たい風が吹きはじめた頃に同じようなことを言っていた。終わりに弱いんだろうか。ああ、そういえば、幸村が倒れた時、大丈夫かとかどうしたんだなんて言葉がでてくるのが普通なのに、ブン太は痛いって言ってた。まるで自分がそれを体験してるかのように顔を歪めて、苦しそうに呟いていた。 人と感性が違うというか、たまにするこの変わった発言にブン太が一般人と少し違うんだと再確認する。俺が言えた義理じゃないが。 「何かあったんか?」 変わった発言をする度、肯文と否定の代わりに投げ掛ける疑問。けど返事はいつだって同じ。 「わかんねぇ。なんかさむい」 わからない、と。毎回毎回よくもまあそんなわけのわからない感情に振り回されているなあって思う反面、実はそれを晒け出すのは俺と二人きりの時だってゆう優越感に浸っている。 「さむいさむい」 言いながら、俺の胡座の上にちょこんと座った。すっぽり収まる小さな体は、本当に同級生なのか疑う程華奢。小さい頭、薄い肩、薄い手のひら。確かめるように撫でて、丁度乗せやすい位置にある赤い頭に顎を置くと独特な甘い香が鼻を掠める。昔から好きな体勢。 そのままさらに問い掛ける。 「虚しいってこと?」 「むなしい?んー、ちがうかな」 「ブン太、幸村が倒れた時に痛いって言うとったじゃろ?」 「……」 返事がない。これはお約束。不思議なことを言った後は大抵ぼーっとしてる。無表情でもなく、喜びでも悲しみでもない、言うなれば、魂が入っていないような、そんな感じ。 「ブン太」 「…えっ、ん?」 「ぼーっとしとった」 「あ、悪ぃ」 「たまにするその不思議な発言は何なんじゃ」 「不思議な?え、俺そんなん言ってる?」 「言っとるね」 「まじでか」 まさかの無意識。こっちがまじでかなんやけど。この子あれか、今時流行りの電波ちゃんか。…いやいや、電波ちゃんではない。たぶん、うん。電波っぽいのはどっちかってと参謀とかのはずだ。 ぐるぐる悶々、頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。 「仁王、ちゅーしよ」 「え」 テレビを観てたブン太が急に振り返って真顔で言った。少しだけ上目使いなのは恐らく無意識だろう。珍しい、珍し過ぎるし可愛いけど、その表情にはやっぱり魂が入ってない。ちょっと複雑な俺の心。 それでも、軽く返事をして完全に受け入れる準備万端の薄く開かれた赤い唇に、触れるだけのキスをした。 1回なのが不満なのか軽いのが不満なのかは定かではないが、唇を離してすぐもっとって言うブン太に心底驚いた。 ブン太のキスせがみ攻撃から何分たったか。というか、もう何回唇を合わせたのか。短いキスと深いキスを繰り返して、気紛れに瞼や頬にしてみたり、わざらしく音を立ててみたり。 「っ、はっ…」 心なしか、魂の入ってなかった表情が崩れていってるような気がした。頬は少し朱みを帯びているし、くりくりした大きな瞳は潤んでいるように見える。 「あ、」 丁度唇を離してすぐ、何かを思い付いたように改めて俺の顔を見た。間抜け面可愛い。 「こころ、あったまった」 瞬間、間抜け面が柔らかい笑顔に変わる。いつもの元気な笑顔じゃなく、ふわっと笑うこの顔も俺と二人きりの時にしかしないと知ってから、益々この笑い方が好きになった。不意にされたからか心臓の音がやけにうるさいのだけが気掛かりだが。 「ん、よかったの」 やっと絞り出したのは、自分でも素っ気ない返事だと思う。それでもブン太の表情に未だ満足そうな色が浮かんでいるからからきっと微笑んで言えたはず。 「キスくらいでブン太の心が暖かくなるんなら、いつでもしちゃるよ」 「ふふ、ありがと」 その後ブン太は、糸が切れたみたいに俺に身体を預けたまま寝てしまった。 小さくて形の良い頭を撫でながら、少し考える。 痛いとか寒いとか、そういうのを思う時はきっとどこか物悲しくなってるんじゃないだろうか。無意識のうちに人の温もりを欲してるっていうか。 普段あんだけ我儘なのに大事なことはひた隠しにする癖があるブン太だから、お兄ちゃんとして生まれたせいかわからないが無駄に責任感が強くてプライドが高いブン太だから。自分でも知らず知らずのうちに閉じちゃってて、あの魂が抜けた顔をしてる時はもういろいろ限界な時なんじゃないのか。コップ一杯にいれた水が表面張力でギリギリ溢れてこないように、最後の無意識で踏ん張っているんだろう。 …あくまで憶測だが。 まあでも、本当はギリギリになる前に気付ければベストだけど、無意識にでも俺に頼ってくるってのはこの上なく嬉しいからもう暫く教えないでおこう。 ... ブン太の底のプライドはエベレスト級 |