暑い、暑い暑い暑い。 今朝ぼんやりと見ていた天気予報によれば、日中の気温は40度を優に越えるらしい。40度を越えるってなんだよ温暖化の影響かよありえねーだろ意味わかんねー死ぬじゃん、とか思ってた朝の自分を指さして笑ってやりたい。これは越えてるわ、確実に越えてるわ。半端じゃない熱気、向こう側が見えなくなるんじゃないかってくらい揺らめいてる陽炎、大編成オーケストラ顔負けの大合唱を響かせてる蝉。焼け焦がしてやろうかなんて声が聞こえてきそうなくらい輝く太陽。汗はもちろんノンストップで流れてて、店指定の涼しげなはずのストライプの制服はよりその色を濃くし全く涼しげじゃない。 俺がコンビニにバイトを決めたった1つの理由、『涼しいから』を嘲笑うように駐車場の掃除と水撒きを指示した店長は午前からずっとレジ打ちに勤しんでいる。非常にずるい、ずるいなんてものじゃない。鬼の形相でもって焼けたも同然のアスファルトを砕き割りそれを相手の顔面へダイレクトアタック出来るくらいにはずるいという念が溢れている。 ………あれ、念を送り続けてたら店長が近付いてきたぞ? 「切原くん、俺休憩入るからレジお願い」 「うっす!」 ふうううううううう!!!!やっと涼しくなれるぜ!!!ふうううううう!!! 睨んでたのが効いたのか?あーまあいいや!一気に地獄から天国だあああ!! てか休憩のがずるくね? 店内に入ってから2時間が経った。 正面の時計を見ると針はちょうど午後3時を指しているし、あんだけ上がってた俺のテンションはさすがにもう平常に戻っている。それでも外の暑さは変わっていないらしく、アスファルトからは同じ量の陽炎が、いやむしろ増した気がする量の陽炎がゆらゆらと揺れまくってる。それを少し涼しすぎる店内から見るのは、なんというか少し優越感みたいなものを感じれる。これだけ暑いとこんな小さなことですら嬉しくなってしまう。 それはさておき、3時といえば。 ここ最近俺は3時頃に来店し菓子類ばっか買って帰る、ある特定の人物が何故か気になってしょうがないという奇病に苛まれている。 いつもマスクつけてるせいもあり見た目だけで女だろうと踏んでいたのに、つい先日、つか昨日、電話をしながら入店してきたその人の声を偶然聞いた。……普通に男だった。声低い女って可能性も払拭しきれないけどパッと聞いた感じ男だったから男の確率95パーセント。………柳さん元気かな。とか、最近会っていないかつての先輩に寄り気味な思考に傾きかけたところで、もう聞き飽きた入店音が鳴る。 これまたもう言い飽きた挨拶と気持ち程度のお辞儀を条件反射でする。 「いらっしゃいませー」 あの人かなあなんて軽い期待をして顔を上げると、そこにはまさに期待通りのあの人の姿。因みに初めてマスク無しの素顔でご来店。 偶然だろうけど、なぜか嬉しい。これも奇病の症状のひとつだから迂闊に喜んでられないんだけども。 例のあの人は、いつものようにわき目も振らずお菓子コーナーへ向かい、顎に手を置き真剣な表情で菓子類を物色中。 あーなんか、可愛いな。 …………ん?いやいや、え?ねーわ、 邪念を振り払うように軽く頭を振ると、同時にどこからかバイヴ音が聞こえた。俺は今携帯を持っていない、客は珍しいことに三人、よぼよぼのじいさんと音楽聴いてる女子高生と例の人。うん、てことはあの人の携帯だな。いや別にだから何だってわけじゃねーけど。 予想通り音の正体はあの人の携帯だったようで、ディスプレイを見たあと、少し考えるように眉間に皺を寄せ渋々といった感じで画面をタップした。 「……なに?」 「……うん。いや、うん」 「……今?コンビニ」 「……違くて、お前ん家の近くの」 「……は?あー、そっちじゃなくて」 「……何来んの?なんで来んの?家で待ってろよ、どうせ俺これから行くんだし」 「……きもい」 「……いや、まじいいからそういうの」 「……はあ?切りやがったちくしょー」 どうやら電話は相手に一方的に切られて終わったらしい。流石に相手の声まではきこえなかったけど、話してるときのあの人の表情が無意識でなのかすごく嬉しそうで楽しそうで、…彼女?にしてはツンツンしすぎじゃね?けどきっと相手は特別な人なんだなってのはなんとなくわかった。 とりあえず、これから来るらしいあの人の特別であろう人を早く見、 また俺の思考回路を断ち切るように入店音が鳴った。俺の思考回路は断ち切られっぱなしだ。少し重そうな音をたてて開いた自動ドアに向かってさっきと同じ動作をし顔を上げると、そこには初めて見る銀髪。高めの身長に長い手足、引き締まってるだろう体、要するにモデル体形。その上に綺麗に整った顔。伏せ気味な目と全体の雰囲気それに口元の黒子が相乗し無駄に色気を放っている。 モデルかなーなんて思いつつ横目で見ていると、そいつの頬がこれでもかってほど緩みつかつかとあの人の元へ近づいていった。 それに気づいたあの人の顔も、どこか嬉しさを隠せてない感じ。 ………ああそっか、わかった、電話の相手はきっとこの人なんだ。さっきの電話と同じような顔してるもんな。 ちくり あれ?なんだこの感じ。 菓子類の陳列してえるコーナーを見れば、抱きつこうとする銀髪にボディブローくらわしてるあの人。いつもと違うのはちょっとだけ顔が赤いとこ。暑いから?違う、これはきっと照れてるからだ。 そんくらいね、赤の他人の俺だってわかるっつの。 ぐさり ?だからなんなんだよこの感じ。 わけわからん、暑さにやられたかな、店内は少し寒いくらいなのに。 「あの、」 「え?あ、は、はい」 自分の心に首を傾げ頭を働かせてたらたら無意識のうちに職務放棄していたらしい。手元のサッカー台には商品が入った指定の青いカゴ、そのまま目線を上げればなんとあの人が立っているではないか。ははっ、不意打ちつれえ。俺より背が低いせいで自然となっちゃってる若干の上目遣い可愛すぎるつれえ。いやだからちょっと待て俺。俺の中の俺。可愛いって、………でも実際可愛いよな。うん、ならしょうがない。俺は男だ、潔く認めようじゃないか。 まあ後ろで銀髪が般若の如く睨んでくるから態度には出さないけど。 愛想のいい店員、の範疇で収まるだろう笑顔を作りピ、ピ、とバーコードを読み込んでいく。これは普通に自慢だけど元来飲み込みの早い俺は2ヶ月前に教えられたばかりのレジ打ちも袋詰めも早いわけだ。レジ打ちと同時進行で値段を読み終えた商品はあらかじめ広げておいたレジ袋へ入れる。これを数回繰り返せばあとは金額を受け取り必要に応じてお釣りを渡しサヨウナラ、だ。つまり?もうすぐサヨウナラってことだよ。また今日も話せなかったよ。いや、今日はいつも以上に無理だなこれ。 後ろ髪を引かれる、ってこういうことを言うのか?国語、というか勉強全般が苦手な俺にはよくわかんねーけど、とにかくこのまま作業だけを進めてお別れするのは正直物凄く勿体無い。 数分前に踏ん切りを付けてからもう可愛く見えてしょうがない。可愛いもんは可愛い、気になるもんは気になる。しかし後ろのハイパーイケメンが怖くて何もできない。……今ヘタレって思ったやつ全員体育館裏な。 だから結局お決まりの流れ作業を続けてしまっている。 「1945円になります」 決まった流れ。 「あ、はい。…やー、今日暑いですねー」 これまた決まったなが、…は? 「えっ」 「え?」 「あ、あああ!で、ですよね!すすすげー暑いっす!」 は、話しかけられた!!?財布から現金を取りだしそれを俺に渡しつつ話しかけられた!?なんつー無駄のない動き!イケメンだ!コミュ力の高いイケメンがする動作だ! 一方の俺はあまりの衝撃に気持ち悪いくらいきょどってしまった。わたわたしながら代金を打ち込みお釣りを取り出していると、例の目の前の人はふふ、なんてそれはそれは可愛らしく笑っている。それがほんとに可愛すぎてさらにわたわたする俺。みっともない、恥ずかしい、穴掘って埋まりたい。 「そんな急がなくて大丈夫ですよ。外暑いし、もうちょっと涼めたらいいなって思ってたから」 はい、チェックメイト。俺のハートに王手。なんだそれ気持ち悪い、気持ち悪いうえにへたくせえ。 一周回って冷静になってきた俺の頭と心に対し視線は網膜に焼き付ける勢いで例の人を見ながらお釣りを文鎮代わりにレシートを渡す。 その時一瞬だけ触れ合った手のせいでまた顔に熱が集まった気がしたけどそれは暑さのせいにしといてくれ。 「…ブン太、早よ帰ろ。アイス溶けてもしらんよ」 しかし幸せというのはそう長く続かないのが世の常ってもんで。 浮き足立った俺の頭に氷水がかけられた。 そう、ずっと後ろに構えていた般若がついに口を開いたのだ。声色こそ普通だけど、ちらっとこっちを睨んだ目はそれはそれは怖かった、生まれて初めて修羅を見た。熱その他もろもろが一気に引いて変わりに冷や汗が背中を伝う。 「あ、アイス忘れてた!じゃ、バイトがんばってね切原くん!」 「!?はっ、はい!!!」 修羅によって冷まされたのに、あっさり帰ってしまうあの人が残念だったのに。名前、俺の名前、呼んでもらうだけで嬉しい、だなんて。 ちくり、ぐさり、ずっきゅん。 …………あれ? ... 高校1年切原くんと 大学生の丸井くん、と彼氏() |