「お前さあ、この前俺のカノジョとヤっただろ」

「…はて、なんのことかのう?」

「あ?とぼけんなよ!?」


ああ、うざい。非常にうざい不愉快だ気持ち悪い。悪口しか出てこん。今時いるんかこういうの。目の前におるわ!くそ!
特別棟の人気がない階段。校舎裏なんかより全然人が来ないこの場所は、まさに絶好の呼び出しスポットと言っていいだろう。こんな場所作って放置しとく学校サイドの胸ぐら掴んで小一時間ほど問いただしたい。まあでも、だからと言ってまさか本気で呼び出すやつがいるとは俺も学校サイドも驚きだ。というか、実際ここに来るまで本当にいるなんて微塵も思ってなかった。しかも3対1、男がやることじゃないだろおい。おいおい。いっそ真田に鍛えてもらえばいい、真田道場に強制参加させられればいい。あの真夏の脱水症状やら熱中症やらと半お友だち常態で部活が毎日ある中、顧問が部員を労って設定してくれた休息日に、何を思ったのか我等が主将様がレギュラー陣だけを強制的に真田家の道場に集めて、精神的に鍛えさせるが自分は腹抱えながら傍観するという地獄のような1日を味わえば良い。今年の夏もあるんだろうなあ…そろそろ柳生辺りが倒れたりせんかの。はあ、憂鬱。……そんなスーパー憂鬱イベントが待ち構えてる俺にこの仕打ち、神様なんていなかったんじゃ。
あとせめて彼女くらい漢字で言え。

「なんとか言えコラァ!」

えっ、ちょ、うるさっ。いきなり声荒立てないで!耳に響くから!頭痛くなるから!
だいたい誘ってきたんはお前の彼女や。遊びでいいからって。俺も初めは断ったよ?お前さん彼氏おるじゃろって。けどめっちゃしつこくシよシよ言われてもうなんかめんどくさくなって相手した結果がこれだ。例に漏れず後腐れしすぎだろ。何が肉食女子だふざけんな滅びろみんなおしとやかになれ。大和撫子万歳。

「おいてめ、なにシカトしてんだよ!」

俺が脳内で考えてたことはどうやら少しも相手に伝わっていないらしい。ポーカーフェイスも考えもんだな。
はあ、めんどくさい。

「あーもう煩いぜよ。飽きられた男は黙って去れ」

「はァ?何言ってんのォ?」

「誘ってきたんはお前の彼女さんじゃ。つまり、お前さんに飽きたってことやなか?」

「ッ、ふざけんなよ!ちょっとモテるからってチョーシ乗りやがって!!」

わーちょっと何その台詞めっちゃおもろい。かっこ棒読み。ほんまベッタベタな男じゃなあ。いっそのこと少し煽ってみようか、せっかくわざわざこんなところまで足を運んだ訳だし。

「まあ実際モテるし、顔ええしスポーツできるし、…うまいし」

うわっ、俺めっちゃナルシスト。引くわ。言ってて引いてるわ。いくら事実とはいえ口にだしたら駄目だろ気持ち悪い。え?事実とか言ってんじゃねーよって?てへ。

「!!!マジ頭きた…お前、ラケット握れねえ身体にしてやっ、」

「丸井先生どうしよー!DQNがDQNをいじめてるよー!」

『!?』

いとも容易く挑発に乗っかり吐かれたこれまたベターな台詞を面白半分で聞き流そうとしていたところ、それを遮る耳馴染みのある声が聞こえた。…てちょっと待てDQNがDQNをってそれ俺もDQNだと認識されてるのか。まあいいや。
首だけで振り返りちらりと見てみれば、階段の踊場より少し上、ふわふわと跳ねる赤い髪が見えた。

「あらあらそれは大変!急いで止めないといけないわ!」

思いっきり棒読みな、それでいてまったく変える気もないであろう声で言いながら、彼は階段を降りてきた。目の前の輩共は米神をピクピクとさせている。
台詞に反してゆっくりと降りる彼の後ろの窓から入る陽射しが後光みたいに見え、不本意にもかっこいいと思ってしまった。

笑いも漏れたけど。

「ヒーロー登場。…て、笑ってんじゃねーよ」

「やって…フハッ、」

「あん?なんだテメェ」

俺が笑っているのを完全にスルーして、イライラをそのままに輩リーダー(命名:俺)が口を開く。この際、ポケットに手を突っ込み首を傾げることはもちろん忘れていない。本当、モブ不良の鑑だ。
対し、彼こと丸井はいつものように可愛く笑っている。本当黙ってたらすっごく可愛いのに。

「ヒーローは名乗んねえもんなの!これ常識」

「……おいこいつ丸井じゃね?ほら、いっつも女取っ替えひっかえしてるって噂の」

「ああ、こいつがか。女みてえな顔してっからわかんなかったわ」

渾身のドヤ顔で言う丸井を睨みつつ、輩共は話始める。ああ、こいつも目立つなあ。でも女取っ替えひっかえなんてそんな面白い言葉使われたら笑ってまうだろやめろ、輩2(命名:俺)。
とりあえず嫌味だと思われる輩リーダーの言葉を反復するのが今の俺の仕事だろう。

「丸井、女顔やて」

「うっそ、こんなイケメンフェイスなのに!?」

心底驚いたような顔が最高にうざい。この子嫌がらせ大好きじゃなたぶん。

「こらこら、事実は言うたらあかんよ。目の前の可哀相な子たちが落ち込んでしまうき」

「んだとコラァ!?」

輩の語彙力のなさに腹抱えて笑いたいところだが、それより今は丸井の方がおもしろい。
自分よりだいぶ体格のいい相手を前に、怖じけづくどころか挑発なんかして、嘘くさい演技も神経逆撫でするのに効果的だときちんとわかって使ってる。……まあ実際、怖じ気づかない理由はしっかりあって、もしこの先今にも掴みかかって来そうな彼等のリミッターが外れそれこそ暴力沙汰になった時、相手が何人だろうと勝つ自信があるからだ。ちゃんとした武道なら真田の方が強いし、無言の圧力なら勿論幸村が強いけど、喧嘩ならたぶん部内一、下手したら校内一だと思う。俺はその辺詳しくないからナントカ一ってのは全然わからんが校内に勝てるやつはたぶんいない。校内一を裏付けるソースは俺、軽く二桁はあるだろう他校の輩を綺麗に片付けた現場にたまたま居合わせた可哀想な俺。


その時の綺麗な足技を思い出していれば、まだイケメンの話をしていたらしい丸井が笑顔で言った。

「でも大丈夫だぜ!お前、俺の足下には及ばなくても頭空っぽの女ならいくらでも捕まえられるくらいには雰囲気イケメンだし!」

言いたい放題だな。親指まで立てて。

「それ褒めとるん?貶しとらん?」

「そこは人それぞれの捉え方次第、っつーことでシクヨロ」

わなわなと怒りに震え出す目の前の相手なんかいないみたいに、小首を傾げてかわいらしくウインクなんてしてる丸井。なにこれくそかわ。なまじ顔が良いだけになんかもう雑誌から切り取ったような完璧なウインク。
だがしかしそれとは反対に今にもキレそうな(もうキレてるけど)輩が目の前には立っていて、その間には本来主役であるはずの俺が突っ立っている。まさにカオス空間。特に俺の物理的立ち位置が謎を呼ぶわ。


「……丸井」

「ん?」

「ヒーローって人助けするために登場するんよね?」

「あったりまえだろい!」

「状況悪化しとるんやけど」

「あら大変!丸井先生ったら説得しにきたこと忘れてたわ!」

絶対忘れてただろうイライラする棒読み丸井先生キャラが復活し、本来の目的を果たすためか、どんどん相手に近付いていきあと1センチを残し止まった。
因みに俺は歩を進める丸井に押され蚊帳の外。おかしいな、張本人のはずなんやけど……とまあ思うところはたくさんあるが恐らく丸井なりの優しさなのでありがたく享受しておく。
元は俺に売られた喧嘩だが、丸井のが強いのは間違いないし輩共の矛先も今じゃ丸井に向いとるみたいだし、俺は黙って見とくかの。

卑怯だの弱いだのは禁句ぜよ。


「どうせ呼び出すんならさあ、やっぱサシじゃなきゃ」

そ、そこかーい!思わず脳内で柄にもないツッコミしてしまった。いや、まあ、正論だけども。ってかその可愛い口でサシとかなあ。複雑。

「サシだったらいーんですか、丸井センセー?」

顔を丸井に近づけて、明らかに挑発口調で尋ねる相手の輩リーダー。やめろその汚い顔をブン太に近付けるな。危ないぞ、色んな意味で。
色んな意味で危ないぞ。俺知らんからな、原因らしいけど。

「サシならいいよ全然。ただ絶対に勝てるっていう自信と確証が欲しいかなあ」

「は?自信?」

「そ、自信。呼び出しってのは愛の告白じゃない限り100%喧嘩売りに行くんでしょ?だったらそこで負けちゃ格好悪いじゃん。まあ、女絡みなんかで喧嘩売る時点でだいぶ格好悪いけど」

「ハッ、モテるやつは言うことちげーなあ。自分の女と寝た奴呼び出して何が悪ぃんだよ」

「…寝取られた自分が悪いんじゃん?」

「ッ!…ああもうお前からラケット握れなくしてやるよ!!!」

挑発、煽り。口だけの喧嘩は、先に手を出した方の負け。しかしこれまたサムイ台詞だ。
頭に昇った血が遂に沸騰したらしい相手の右ストレートが、丸井の可愛い顔目掛けて飛んだ。対する丸井の表情は1ミリも変わることなく、むしろ笑っているようにも見える。


「…仁王、真田には内緒な?」

振りかぶった相手の拳が顔に当たるギリギリ。俺にしか聞こえないように言って口の端を大きく吊り上げた丸井の顔は、可愛さのかけらもないくらい歪んでいた。














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