最近、家に帰ると遺体が転がっている。 中学高校大学とエスカレーター式で立海に在籍し、周りが100社以上なんて嘘みたいな数の就職試験をしてる最中、俺はお得意の口ぶりでサラリーマンなら誰しもが憧れるような大手企業に内定が決まり悠々と過ごしていた。ちょうど同じ頃、高校を卒業してから同棲し始めたブン太もずっと夢だと言っていた小学校の教員になることが決まった。しかも母校である神奈川第三小学校だそうだ。どちらも進路が決まった夜、二人で普段は行かない少し高めの、ブン太が前から行きたいと言っていたイタリアンの店に行った。そこで俺は人生最大の緊張感とわずかな不安を背負い、プロポーズをした。学生のバイト代で買える物なんてたかが知れているが、それでも滅多なことじゃ泣かないブン太が喜んで泣いてくれたから良しとする。日本じゃ同性婚は出来ないけど、事実婚くらいは許されるだろう。 その日俺らは夫婦になった。 あれから4年。ブン太はすっかり『先生』が板につき、俺も仕事や環境に慣れ上司から1つのプロジェクトを任されるまでになった。 深夜1時、疲れた体を引きずるようにしてやっと着いた我が家。すっかり馴染んだ鍵を取りだしドアを開ける。本当は出迎えて欲しいところだけど夜中なのでそうもいかない。 …………いや、これはこれである種の出迎えなのか? 背中に突き刺さる包丁、真っ赤に染まった身体と床。知らない奴が見たら気絶するくらいにはグロッキーに仕上がった玄関を目の前に、今日一番の溜め息が漏れた。 「……何しとん」 「……」 「こんな血糊使って、今日のは掃除が大変そうじゃの」 最近自分の中で流行っているのかなんなのか、ここのところほぼ毎日死んでいる。玄関先、リビングまでの廊下、階段の下、共通するのは俺がドアを開けてすぐ見えるところだってことくらい。死に方はいろいろで、初めの頃は今日みたいなオーソドックスのものが多かった。しかし少し前から毎回違う死に方で迎えてくれている。 ある日は頭に矢が刺さってたり、ある日は軍服で銃かかえてたり、まああの時期はおそらく戦争モノがブームだったんだろう。ピエロが死んでたこともあったし、よくわからん着ぐるみがよくわからん液体(紫色)を噴き出して死んでたこともあった。剣道着姿の真田が死んでたときは流石にドア閉めようかと思ったけど。ブン太はいつの間にこんなに変装が上手くなったんだろうか。 そんなこんなでこのお出迎えに慣れてしまった俺は、いつものようにブン太に問い掛けるが死体なので当然返事はこない。大変そうだ、と困った声を漏らすと普段はしない クククッ なんて喉だけを器用に使った笑い声が聞こえた。 これもいつものことなので、軽く一蹴りしてから壁や床に飛び散った血糊の払拭作業に移る。本物の血はどうか知らないが、血糊はとにかく落ちにくい。特に壁。いっそ壁紙全部張り替えたいくらい落ちにくい。男なら誰しも夢に想うだろうマイホームを手に入れるまでは当然マンション暮らしが続くのだが、このままブン太のこれが続けばどんどん血糊は染み付き、引っ越しの時に敷金礼金が戻ってこないだけならまだ良し、最悪けっこうイイ額の弁償代がかかるだろう。 「にーお」 「ん?」 「なんでもなーい」 「はあ?つか手伝いんしゃい」 「絶対嫌だ!」 「なんでじゃシバくぞ」 シャツの袖を捲りせっせせっせと壁の汚れを拭いている俺の横で、ブン太は未だに死んだまま。何がおもしろいのかたまに肩が震えている。それを無視しひたすら壁と向き合っていれば、なんとなしに頭を過る今までの思い出。 そういえば、コレはいつからだったか。 今よりもっと忙しくて右も左もわからない社会人になりたての頃、慣れない環境と威張り散らす上司に疲労困憊していたものの、家に帰りブン太の顔見ただけで疲れなんてふっ飛んだ。学生の時と同じように意味のない会話もいっぱいしたし、時間を見付けてはノープランでどこか遠いところにでかけるなんてしょっちゅうだった。 けれど段々仕事にも慣れてきて、上司とも上手くやれるようになってから急に仕事が増えた。部下も出来た。残業なんて当たり前になりつつあるし、なにより俺自身ひとつの仕事を任されることに似合わない責任感なんかを感じるようになった。そうなると家に着くのは早くても19時過ぎ、酷いと夜中になることもある。 一人でいるには広すぎるこの部屋に、ただただひとりでいるブン太の気持ちを考える余裕はなかった。 俺が遅くに帰るとブン太が死んだふりをしてるのは、あの頃の二人に戻りたいから?俺にはようわからん。けど、家に帰った俺を抜群の演技力と変装で出迎えてくれるこの異様な行為が二人の愛の形だとするならば、これはこれでいいんじゃないか、なんて。 さて、今日はどんな死体が俺を出迎えてくれるのだろう。 少しだけ期待してドアに手をかける。 ... 同タイトルの曲に沿ってます |