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たまたま観光業だった親の仕事の転勤で小さい頃にイタリアへ。私の父は田舎程その国の魅力が溢れていると期待して、一時的にこの街に住むことを決めたという。そうして画家の母と私は父についていったのだが、状況が上手く理解できなかった私は簡単なイタリア語だけ親に勉強させられ、されるがまま突然この地に放り出されたのだ。すぐに小学校も行かせられたがそんな片言のイタリア語で全く溶け込める訳もなく、寧ろアジア人が珍しかったのかよく見られるばかりで周りの目がとても気になった。そんな私が父と街を散歩している時に紹介された男の子がいた。家が近かったということもあり友達のいない私と仲良くさせたかった様だったが、どちらかと言えば暗い性格をしていた当時の私は親の後ろに隠れてじっと様子を伺っていた。しかし対照的にその少年はとてもフレンドリーで私に仲良くしようと手を差し伸べてくれたのだ。今思えば、彼は私の孤独を見抜いていた。とても優しさを知り尽くしている少年だったと思う。言葉は喋れず友達ができない私を彼は同じ学校だったということもあり、頻繁に遊びに誘ってくれたし、登校も一緒にした。時折、島は渡らないが彼の父親の船に一緒に乗せてもらったこともあった。そんな日々を送っていた私も半年の月日が経った頃、ブチャラティの家に遊びにいこうと家を訪れた時に彼の母親が大きな荷物を抱えていた。彼の母親はしゃがみ込み、私の目をじっと見て頭を撫でてくれる。


「私はもうここにはあんまり来れないけれど、ブチャラティのことを宜しくね。あの子、優しすぎるところがあるから心配なの」


彼女の泣きはらした目をみて子供ながらに何かあると察した。あの時彼の母があまり来れないと言ってた通り、本当に家に帰ってこなくなっていった。ブチャラティは寂しいはずなのに、全然私にそんな素振りは見せない。自分の母親がいなくなったら私は毎日大泣きするのだというのに、冷静なブチャラティはいつもどこか大人で私の先を行く人のようにみえた。でも悲しいことには違いないから、その分彼と遊んであげようと当時は心に決めていた。


暫くしてその出来事から五年もの月日が経ち、私はこの地にすっかり馴染んでいた。言葉はある程度話せるようになったし、友達も増えて毎日が楽しかった。そんな友達が一人学校に来なくなったことがあった。その事について別の友達がこう言っていたのを覚えている。


「最近麻薬が出回っていて、あいつの父ちゃん依存症で警察に捕まったみてーだぞ」
「まやくってなに?」
「たまたま親がそう話してるの聞いただけだからなぁー。あぶねーもんとは言ってたけど何かは分からねーや」
「ふーん」


大人が聞いたら不吉な話だったが、私には何がなんだか分からなかったし然程気に留めなかった。子供がする話ではないが、こう言った話やあの子はギャングの娘だとか息子だとかいう噂を聞いたりする。稀な話ではない。不思議と皆そういった子には近寄らない。上部だけの態度になるのだ。ギャングってそもそも何と両親に聞けば関わるなと言われたことがあるが、警察も然程当てにならないことは知っていた。誰も本当の事を教えてはくれない。そりゃ当時12歳の子供に誰が教えてくれるというのだ。この話をすると誰しもが嫌な雰囲気になるので、あまりよろしくないものと捉えていた。


それから数日後、海が好きで訪れるといつもブチャラティの父がいた。彼を見ては手伝うというと、ブチャラティと遊んでて欲しいと毎回言うのでいつもその言葉に従ってブチャラティのところへ行った。ブチャラティは手伝っているけど、私には危ないからと手伝わせてくれない。簡単な作業ならやらせてくれるけど。私もブチャラティも兄弟がいないから、本当に兄妹のような仲だったと両親に言われたことがあったがそのくらい毎日のように会っていた。
しかし気になることに、最近彼の父は昔に比べて頻繁に人を乗せて漁に出るようになっていた。少し前までは私とブチャラティが乗るくらいだったというのに。仕事というものがよくわかっていなかった私だったので、それが何のために誰のためにしていたことなのかも見当がつかなかった。


次の日、学校帰りに母に海に出かけたいといい、砂浜で絵を描き遊んでいたときだった。その時の私は家にあったスコップが欲しくなる。母も海の絵を描くことに真剣だったからすぐ戻るしいいやと勝手にこの場を離れると前から怪しげな人たちが歩いてきた。確かに私くらいしか会話が聞こえる位置にはいないが、その人たちは私に構わず大きな声でまやくがどーの、いくらで買うだのと話しながら海へ向かっていく。不意にここ最近、同じ学校の友達が話していたことを思い出した。


「最近麻薬が出回っていて、あいつの父ちゃん依存症で警察に捕まったみてーだぞ」


なんだかとても嫌な気がした。何かを失ってしまいそうな、そんな気持ちになった。振り返って様子を見ると男たちはブチャラティの父親のもとに向かっていた。あちらに行かないといけない気がする。でも一人で行けば危ない。私はすぐ様自分の母の元に戻って必死にお願いをするのだった。


「お母さん、私今日向こうの島に行ってみたいの。お願い」


そう服を引っ張り、彼らの元へ連れて行く。船に乗ろうとする二人組だったが、私は大きな声で彼の父親の名前を呼ぶとこちらに気づき手を止めた。


「ねえ、今日は私とお母さんを乗せてってくれる約束したでしょう?」


ブチャラティの父は正直表情があまり変わらないので、感情を読み取りにくかった。物静かなタイプだが、怒ったりするような人ではない。そんな約束した覚えはないと言われてしまえば終わりだが、私はじっと彼の瞳を見つめる。母はブチャラティの父に謝り、仕事の邪魔をしちゃいけないでしょうと私を怒ろうとした時だった。「いや、そうだったな。すまないが他をあたってくれ」と言ってお客さんに断りを入れてくれたのだった。私の頭をそっと撫でて、乗りなさいという。何故か体から力が抜けるくらい物凄く安堵した。わがままを受け入れてくれたことに、途端に嬉しくなってお礼を言い、母と船に乗ることとなった。そうして私は初めて海を渡る。空にはウミネコが飛び、眩しいくらいの日差しに透き通るような海を鮮明に覚えることとなる。その光景に興奮し忘れていたが、彼の父親はなぜ私があんなことを言ったのかと聞いたりする事はなかった。


こうしてここの地に住み6年が経った頃、私の父親は国に帰ると言い出した。ショックだった。今いる友達や大好きな海、そうしていつも優しく接してくれた兄のようなブチャラティとの別れ。嫌だと反抗したが、私をここに置いて帰れることなんて出来ないだろう。悲しかった、ただ離れたくない一心で毎日親に当たり散らかし暴れては泣く。相当困らせていたと思う。残り少ない日々にブチャラティは時間が許す限り一緒にいてくれたし、彼の父も好きなところに連れていってくれた。学校の友達からも沢山連絡先を貰い、離れていても困らないようにと泣きながら見送ってくれた。
最後の日には空港までブチャラティと彼の父親は見送りに来てくれたのだ。私が号泣してもブチャラティは笑いながら頭を撫でて抱きしめてくれるだけ。いつか必ずこの地に戻ってくることを約束し、彼もまた大人になったら日本に遊びに来てくれると言ってくれた。私はここに来てとても幸せだった。どうか私を忘れないで欲しい。私は絶対にここに戻ってくるから。



日本に帰ってからというと幼い時だけイタリアに行っていたということもあり、あんなに大事だった思い出も今は薄れてあまり思い出せなくなっていた。住んでた時の印象といえば、仲良くしてくれたブチャラティとあの日見た綺麗な海を思い出す。母が描いた海の絵。ブチャラティの父と一緒に船に乗せてもらった時に描いた絵が家に残っている。その絵は私の記憶通りに美しかった。絵があるおかげで鮮明に海のことは覚えていられたのだ。
頻繁ではないが、たまに連絡をくれる学校の友達やブチャラティにはまた会いたいなあという気持ちがあった。私はアルバイトができるようになってから必死こいてお金を貯め、いつかはまたイタリアに行けたらいいなと夢を見るようになる。そして19になった頃だった。貯めたお金で航空券を買い、一人でイタリアへと飛びだった。行く前にブチャラティには連絡はしておいたし、なんなら空港まで迎えに来てくれるという。長いフライトを終え、そうして私は空港に無事につき、人を探すがなんせ数年ぶりになってしまった全てに自分が完全に初心者になってしまったと気づく。観光客丸出し感が出ていてすられたらもうその日ショックで一日中ブルーな気持ちになりそうだと想像してしまった。それにイタリア語だって久々だし、昔のように話せるだろうか。そう思っていたが遠くから私の名前を呼ぶ声がしたので振り返れば、心当たりのある人物がいる。どことなく昔の要素があったため、気付くのにそう時間はかからなかった。ブチャラティだ。会いたかった、そうお互い抱きしめあって簡単な挨拶をする。ブチャラティは随分背が高くなってしまい、スーツが似合って一段とカッコよくなっていた。私はすぐに胸の高鳴りに気づく。いけない、ブチャラティの恋愛事情なんか知らないし、まさかこんなかっこよくなっているなんて誰が想像していたというの。私が呆気に取られて突っ立っているうちに、優しくエスコートしてくれる彼は私のスーツケースを自然に持ってくれた。そうして彼の車に乗って、懐かしい故郷へ向かうのだった。車の中では会話は尽きないのは離れていた時間がそれなりにあったからだ。あれから何をしていたかとお互いの話をする。ブチャラティはというと、どうやらあの時彼の父親は自分の船へ頻繁に観光客や釣り客を乗せてお金を稼ぎ、ブチャラティを街のいい学校へ進学させてくれたらしい。昔から頭がよかったブチャラティは父親の気持ちを察し、必死に勉強して政府関係の仕事に携わっているという。なんというエリート、出来た息子だな。対して私はといえば日本の大学で友達に会いにいってるよーなものなのに。忙しい仕事だというのに、よく時間をあけてくれたなあと思うのだった。ヨーロッパの方は聞くところ長期休暇をもらえると言う事で俺の方から日本に行こうと思っていたのに先を越されたなと笑う。ルーズな国民性故に、あてにしてなかった私はいや本当に来る気あったのか?なんて思うわけだけど。
そうして懐かしい故郷へ帰ってきた。車から見える海は記憶通りとても美しかった。なによりも先にブチャラティの父に会いに行き、久しぶりの再会を果たす。部屋を貸してくれるということで、ホテルなど予約していなかった私はお礼として日本から持ってきたお土産を二人に配った。母が持っていけと言ったこのカップラーメンやらお菓子やらは果てイタリア人に受けるものなのだろうかと心配になるが。渡し終えると時間が夕方だったので、久々に三人で食事を食べに行くこととなった。懐かしい本場のパスタは、シンプルで美味しい。日本のパスタも嫌いではないが、きっとイタリア人が見たらこれはパスタじゃあないと怒られそうだ。さっきから日本の感覚で何もかも考えてしまう私は自分がいかに日本に染まってしまったことに気づく。一緒に過ごしていたはずの彼らを遠くに感じてしまう、そんな寂しい感覚がある。
しかし懐かしさや悲しさがあってからこそ、今がとても幸せだ。忘れていた記憶が沢山蘇る。この道をブチャラティとよく通っていたし、向こう側には通っていた学校がある。母とよく行ったスーパーも何も変わっていなかった。
食事を済ませ、外の景色をみていると少し日が暮れた頃に一人海に行こうと考えていた。唯一鮮明に覚えているあの日彼の父に乗せて貰ったときに見た景色は、ずっと忘れられないでいた。その時間になり家を出ようとするとどこへ行くのかと聞いてきたブチャラティに海に行きたいといえば一緒に行くという。まあいっか、一人だろうと二人だろうと変わらないと思い、海に向かった。久々に間近で見る景色に大興奮してしまった私にブチャラティは子供の頃から何も変わってないと言う。それをどう受け取ったらいいのだろうか。絶対褒めてはいないだろうに。

ここに来てからも昔話は絶えなかった。そりゃ毎日一緒にいたものだからなあ。少し気になったのは所々彼が暗い表情を見せる。ブチャラティの母親が去っていったあの時ですら見せなかった表情だ。


「こんな話を初日からしようか迷ったんだが...」
「なに、暗い話なの?」
「結果的に良かったオチなんだ」
「気になるから話してよ」
「一度、父さんの船に君の母親と一緒に島を渡ったことがあるだろう。君はよくあの光景を忘れられないと言っていたようだが、その時に父さんが釣りの客を断ったと言っていてな。その客がこの辺じゃあタチの悪い奴等だったそうだ」
「...」
「もしあの時、君が父さんに連れてって欲しいと頼まなかったら、きっと父さんは厄介ごとに巻き込まれて殺されていたかもしれない」
「...タチが悪い奴ってどういうこと?」
「あとで俺も聞いたんだが、街のチンピラで麻薬の取引をしていたみたいなんだ。父さんは君にとても感謝している、俺たち家族を救ってくれたとな。今自分たちがこう幸せな暮らしができているのは、君のおかげだ。ありがとう」


そう言って抱きしめられてしまうと私もなにも言えなくなってしまった。どうやらあの時感じた不思議な恐怖は前触れだったというのか、子供ながらの勘だったというのに。一つの選択でこうも大きく人生が変わってしまうということに驚くばかりであった。もし彼の父親が殺されてしまったりすれば、ブチャラティは一人ぼっちになってしまっただろう。そうするとミラノにいる母親のところに戻っていたのだろうか。この国で警察なんて頼りにはならない。子供一人でどうにかするとしたらギャングにでも頼るしかないとそう考えると恐怖で考えるのをやめた。
人の人生とはこうも一つの選択で変わってしまうのだとすれば、私の父親がイタリアに行かなかったらどうなっていたのか。私はブチャラティとも会えなければ暗い性格のままだっただろう。一方で彼はどうなっていたのだろう。ひょっとしたらこういう風になると運命は決まっていたのかもしれない。彼は私にとってとても大事な兄妹のような存在だ。優しすぎる故心配なところがあると不意に彼の母が言った言葉を思い出した。どうかお願い、遠いこの地でもずっとずっとこの人が幸せでありますようにとこの思い出の海で私は密かに祈る。

20200425